第十二章:赤ちゃんの産める体――陽希十二歳の視点

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 ひやりと冷えたものを交えた風が半袖の腕を撫でて通り過ぎた。  街路樹の葉はまだ緑だが、吹く風はもう夏の暑さをそろそろ失っている。  ぼんやりしてないで俺も帰らなくちゃ。  ミオは今日はもう一人で走って行って、戻って来ないから。  早足で家の待つ前に進み出す。  今月からお母さんはこの曜日は遅いシフトになったし、お祖父ちゃんも今日は新しい職場の飲み会があると言っていたから、うちにはお祖母ちゃんしかいない。  洗濯物を畳むのや夕飯の準備を手伝って、風呂掃除は自分がやれば喜んでくれるはずだ。  後は早めに一番風呂を済ませて自分の部屋に引っ込もう。 「宿題やって寝るよ」と言えば、それ以上ケチが付くことはない。  家族では一番楽な人だけが家で待っている安堵とそんな風に自宅ですら相手の顔色を窺う自分への嫌悪が競うように込み上げる。 ――絶対に嫌だ!  それは「女」に変わっていく美生子本人の体のことなのだろうが、何だかこんな風に取り残された自分のことも含んでいる気がした。  まあ、大丈夫だ。  多分、来週のこの曜日になればまた美生子がいつもの場所に立っていてまた一緒にバレエ教室に行けるはずだ。  俺もいちいち今日のことを持ち出して謝ることを要求したりするつもりはないし、何でもない風にしていればミオも安心するだろう。
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