第十二章:赤ちゃんの産める体――陽希十二歳の視点

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――ガラガラガラガラ……。  近付いてくる車輪の音に我に返ると、向こうから若い母親がベビーカーを引いて近付いてくる所だった。  夕陽を浴びて穏やかに微笑んでいるお母さんと、白地にミントグリーンの草木の模様をあしらったタオルを首の下まで掛けられて安らかな寝顔を見せている赤ちゃん。 ――ガラガラガラガラ……。  あれは男の子かな? 女の子かな?  まだ髪の毛も疎らな寝顔からは判らないまま擦れ違う。 ――ガラガラガラガラ……。  赤ちゃんは可愛い。  これは大人になっても産めない男の自分でも感じることだ。  うちのお母さんだって赤ちゃんの詩乃ちゃんのことは可愛がって笑顔で抱っこしていたし、と思い出す。  同時に、もしかしたらお母さんだって俺がまだ赤ちゃんの頃は温かな笑顔で抱き締めてくれたのかもしれないと想像してまた寂しくなる。  ミオはどうして赤ちゃんを産める体になるのが嫌だと言うんだろう。  やっぱりまだ男になりたいのかな?  俺みたいな男の体でいたって何も楽しいことなんかないのに。  美生子と二日違いで生まれた十二歳の自分だって元から背丈は大きい部類だったが、最近は肩も張って性別に相応しい体つきになってきた。  鏡張りの教室でバレエのレッスンをしていると、女の子たちに混ざって並んで踊っている自分がシルエットからしてますます異質になっていくのが分かる。 ――あんたは男だし、大して上手くもない。本当はバレエなんてやって欲しくないんだから。 ――俺は赤ちゃんの産める体になんかなりたくない! ――絶対に嫌だ!  頭の中で母親と幼馴染みの言葉が次々鳴り響く。  お母さんも、ミオも、完全に捨てることは出来ないだけで俺のことは心の底では邪魔なんだろうか。  湿ったアスファルトの匂いを含む冷えた風に粟立った自分の両の腕を擦ると、前より骨太く頑強になった体を却って厭わしく感じた。  中で震える心はこんなにも小さくひ弱なのに。
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