第十三章:水の体、泥の心――美生子十三歳の視点

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 こうして家にいる時だとブラジャーは窮屈だし、何よりこの暑さで学校が夏休みに入る頃にはブラジャーの跡がすっかり汗疹(あせも)になってしまったので着けていない。  しかし、ゴールデンウィークに測り直して新たに買ったブラジャーのサイズはC60、いわゆるCカップだ。  十三歳、早生まれの中学二年生にしては胸もお尻も大きな部類だろう。  バレエ教室での 「あなた、その体型はバレリーナじゃないよ」 「美生子ちゃん、ちょっと肥り過ぎじゃない?」 という女の子たちからの暗黙の非難や憐れみを込めた目線もそうだが、学校の教室やあるいは外を歩いていても 「この子はもう胸が大きい」 という男の子(あるいは男の人)たちからの好奇や品定めの絡む視線を感じると、体がゾワッとする。  同時に、女に分類される体に生まれ、去年には初潮を迎えて、日々体の性別に相応しい体型に成長していく、髪を伸ばして女の役を踊る習い事までして心を偽っている自分が一番グロテスクで嘘偽りに満ちた存在に思えるのだ。  飲み込んだ黒ウーロン茶の味が喉の奥に苦くこびりつく。  痩せないまでもこれ以上は肥らないようにと飲み始めた黒ウーロン茶だが、味がより苦いこと以外は普通のウーロン茶と具体的に効能がどれほど違うのかは本当の所は分からない。  この前測った身長は百五十二センチ、体重は四十五キロ。  バレエ教室ではさておき一般には決して肥満に該当しない数値だ。 ――無理して痩せる必要はない。 ――あなたはそのままでいい。  そんな言葉すら掛けられるような話かもしれない。  というより、バレエ教室にだってもっとふくよかな人はいるし、何よりも俺はバレリーナになりたいからこんな苦いお茶を飲んでいるのではない。  少しでもこの体に「女らしい」脂肪を着けるのを食い止めたいから飲んでいるのだ。  何だか昔話に出てくる「若返りの薬」と本人が信じるものを飲み続ける人みたいだ。  実は毒で却って死を早めたとか悲惨なオチが付いているような。
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