第十三章:水の体、泥の心――美生子十三歳の視点

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“女の子は年を取ると男に汚されてしまう”  幼い宝玉の言葉が頭を(よぎ)る。  紅楼夢では義姉の王熙鳳(おうきほう)李紈(りがん)といった既婚子持ちの女性たちも宝玉の慕う対象であり、何よりも祖母の賈後室(かこうしつ)が威厳のある実質的な家長として描かれるので、作者たちの中では必ずしも結婚して子供を産み年を重ねる女性の生き方は否定されていないのだろう。  それが当時の、というより今も「女性としてあるべき人生」の形だからだ。  最後に家を出て行方を眩ます宝玉にしたって、亡くなった黛玉(たいぎょく)を想う気持ちはあったにせよ、現実に自分の妻になり子供を宿した宝釵を蔑んでいるわけではないだろう。  というより、普通に結婚して子供を産んで我が子のために冷やした西瓜を切って出すお母さんの方が今を生きる誰が見てもまともな人のはずだ。  体に合わない心を押し隠したまま全てを中途半端にごまかしている自分よりもずっと。 「ありがとう」  俺の心は泥で、体には生臭い血が流れ、要らない脂肪が着いている。  わずかに卵色を帯びた午後の陽射しがレースのカーテン越しに差し込む中、扇形に切り取られた赤い果肉の天辺を齧ると、甘いというよりひたすら冷えた感触が口の中に広がった。
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