第十四章:雨の日に還《かえ》る――陽希十四歳

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「あ……」  ヘッドフォンを外す。そうすると、女性の嬌声は遠ざかってゆったりした感じのBGMだけが漏れて響いてきた。裸の男女が抱き合うウィンドウごと消す。  音の消えた画面には書きかけの読書感想文を示したウィンドウだけが残った。 ――ガーッ。  冷房の動く音がまた思い出したように母子の上に降ってくる。  ひんやりした風と共に書斎の畳のどこか湿った匂いが浮かび上がるようにして通り過ぎた。  母親は表情の消えた顔つきで言葉もなくこちらを見つめている。  濡れて蒼白い顔や近頃いっそう痩せた体に張り付いた髪や服でどうやら雨の中を急いで帰ってきたらしいと知れた。  書斎のカーテン越しにも曇った薄暗い天気と微かな雨音が確かめられる。 「お母さん、帰ってきてたんだね」  そうだ、今月からはシフトがまた変わってお母さんはこの曜日は少し早く買ってくるんだった。夏休みで学校も休みならバレエ教室も日程が変則的になったりして曜日の感覚が狂い、すっかり忘れていた。  おまけに動画に夢中になっていた自分は母親が玄関の鍵を開けて入ってくる音にも気付かなかったのだ。  最初の狼狽が収まる代わりに後悔と苦々しさがこみ上げてきた。 ――あんた、何、見てんの? ――そんな嫌らしいもの見て。  どうせそんなことを言われるんだろう。  普段からお母さんはテレビでもそういう場面になると嫌な顔をして何も言わずに消すくらいだし。  苛立った母親の声を予想しながら、まだ余白の方が多いウィンドウに新たにお茶を濁す文句を打ち込む。 “僕はこの本を読んで”
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