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「あはは」
不意に乾いた笑い声がした。声自体はむしろ密やかだったにも関わらず、その響きには思わず振り向くほどゾッとするものが込められていた。
「いつも観てるんでしょ、そういうの」
長い髪と服を濡らした母親は端の僅かにつり上がった、切れ込みの深い、ほとんど三重に近くなった二重瞼の切れ長い瞳で見下ろしている。
俺もこういう目の形をしていると思うと、厭わしさを覚えた。
母親の方はこちらを見詰めているようでどこか虚ろな眼差しだ。
「知ってるよ」
乾いた声で続けると、口紅の剥げた小さな唇を歪めて笑った。
何て陰鬱な笑い方だろう。
冷房の音に混ざってシトシトと窓の外から響いてくる雨音を遠く聞きながら肌が粟立つのを感じた。
まるで怨霊だ。
そりゃよそのお母さんだって中学生の息子が隠れてポルノ動画なんか観ていれば怒るだろうが、うちのお母さんにはそれ以上に世間で言う温かなお母さんらしさがないのだ。
俺は昔からこの人と一緒にいる時が一番息苦しくなる。
「やっぱり、息子なんかいらなかった」
虚ろな瞳で語る声には憎しみよりも苦い悔いが滲んでいた。
「苦労して育てたってろくでもない男がまた一人増えるだけなんだから」
濡れた前髪から落ちた雫が母親の痩せこけた蒼白い頬を伝い落ちていく。
――シトシトシトシトシト……。
雨が濡れて水溜まりの出来た地面をなおも打つ音が響いてきた。
ガラス戸を固く閉め切ってエアコンをかけているはずなのに、母子の向かい合う書斎には湿った藺草の匂いが立ち込めている。
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