第十四章:雨の日に還《かえ》る――陽希十四歳

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「じゃ、最初から産まなきゃ良かっただろ」  沈黙を破ったのは、割れかけのガラガラした声だった。 「誰が産んでくれと頼んだよ」  いかにも反抗期の息子の台詞だなあ。そう思うと何だかおかしくもないのに笑えた。  今、鏡を見たら、きっと、陰気で卑屈な、嫌らしい笑い顔が映るに違いない。  母親の目に恐怖が浮かび上がった。無言で後ずさっていく姿に思わず椅子から立ち上がる。 「何で産んだの?」  最初からお父さんもいないのに。  余裕もなくて苦しいだけなのに。  愛してもくれないのに。 「俺は拒否されてばっかり」  息子より小さくなった母親はまるで銃か刃物でも突き付けられているかのように顎のすぐ下に両手を(かざ)して後ずさる。 「来るな」  禁止よりも恐怖を強く示した声で言い放つと、見開かれた母親の切れ長い瞳に涙が宿って震えた。  夏休み前に測った身長は百七十三センチ、体重は五十五キロ。  もう大人と変わらない体になった自分をお母さんは今まで以上に嫌い、同時に恐れているのだ。  その発見はいっそう胸の内を暗澹とさせた。 ――ガーッ。  また冷房の稼働する音がして、肌が粟立った。  どうしてこんなバカ低い温度に設定しちゃったんだろう。  外では雨が降っているのに。  濡れて帰ってきたお母さんはきっと寒いくらいのはずだ。  紙のように白くなった顔で小刻みに震えている相手に両手を伸ばす。 「ママ」  お願いだから、抱き締めて。  次の瞬間、視野が衝撃と共に真っ暗になって、次いで左足の甲にもバサリという音と共にやや弱い衝撃を覚えた。  目に本をぶつけられた。  じんわりと熱く滲み出した左目を押さえた所で、耳を引きちぎるような罵声が響き渡った。 「お前なんか死ね! 地獄に落ちろ!」
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