第十四章:雨の日に還《かえ》る――陽希十四歳

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*****  雨が勢いを増しながら頭と言わず肩と言わず打ち付ける。  そういえば、台風が来るとネットのニュース記事でも見た。  その時は別の地域が危ないという感じの書き方だったが、進路が変わったのだろうか。  半袖とハーフパンツから抜き出た腕も脚ももうずぶ濡れだ。  裸足のまま履いたスニーカーの中ももう砂混じりの水で浸されている。  俺はどこに行くんだろう。  財布も何も持たずに飛び出したから、遠くには行けない。  多分、自分は夜にはまた家に戻っているんだろうな。  たまに出掛けた時の常でお祖母ちゃんが駅の地下辺りで買ってきたお総菜の並ぶ食卓を囲む自分たちの姿が浮かんできた。  多分、いつも通りお祖母ちゃんは自分の皿から俺の好きなおかずを寄越して、お祖父ちゃんは食べながらテレビのニュースを観ていて、お母さんは黙ってこちらとは目も合わせずに箸を動かすんだ。  恐らくお母さんはお祖父ちゃんお祖母ちゃんには今のことは言わないだろう。  俺が家に戻ってまた顔を合わせても今まで通り極力こちらを視野に入れない、たまに口を利いても突っ放すことしか話さない態度を取り続けるんだ。  濡れたアスファルトの匂いを吸い込むと、目の中に流れ込んだ雨の雫が熱く滲んだ。  でも、俺はもう二度とそういうお母さんを目にしたくない。  心の底でずっと拒絶されていてもう和解する余地もないと分かってしまったから。  ゴウッと風が斜め上から殴り付けてきてバラバラと雨の(つぶて)が既に濡れた顔に新たに打ち付ける。  固く結んだ口の中にはしょっぱい味がした。 ――やっぱり息子なんか要らなかった。 ――苦労して育てたって、ろくでもない男がまた一人増えるだけなんだから。  ピンクのベビー服を着た再従姉妹(はとこ)を愛しげに抱いていた母親の笑顔が胸の内に浮かび上がる。  あれはやはり最初から自分には与えられていない幻だったのだ。  物心ついた時からお母さんには邪険にされてきた記憶しかないのに、どうして赤ちゃんの頃は、せめて生まれた時くらいは喜ばれて愛されていたように思おうとしたのだろう。  そして、心の底に息子への温かい気持ちがまだ残っているかのように期待したりしたのだろう。 ――お前なんか死ね! 地獄に落ちろ!  ついさっき耳にしたばかりの叫びがより深く胸に突き刺さるのを覚えて、もう痛くはないはずの目がまた熱く滲んだ。
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