第十四章:雨の日に還《かえ》る――陽希十四歳

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――ゴーッ。  斜め上の雨風を受けながら歩いてきた足はいつの間にか橋の(たもと)に来ていた。 ――ゴーッ。  いつもの倍は(かさ)と速さを増した薄茶色の濁流が橋の下を抜けていく。 ――ゴーッ。  橋の半ばまで来て見下ろすと、底の見えない土の色に濁った水が白い飛沫(しぶき)を上げながら周囲の地を削るようにして流れていく。  濡れたアスファルトの匂いに混じって微かな泥の匂いがした。  今、ここから飛び降りたら思い切り砂利に激突しなくても濁流に流され飲み込まれて溺れ死ぬだろう。  実際の死は「車輪の下」のハンスみたいな綺麗なもんじゃない。  俺がこんな泥水に飛び込んだってきっと見たくもないような土左衛門(どざえもん)が一体上がるだけなんだ。  欄干を強く握り締めたまま、足許がガクガク震えた。  自分はまだ生きていたいのか。死ねずに母親の憎しみの待つ家に戻るのか。  俺が今ここで自殺したってお母さんには悲しいどころかやっと厄介払い出来たくらいの話なんだろう。 ――ゴーッ。  眼下をまだ枝に青緑の葉を付けた小さな木が泥そのものの色をした水に浮きつ沈みつしながら押し流されていく。  あれはどこから削られて落ちた若木なのだろうか。  目で追ってももう濁流に呑まれて影も形も見えない。  泥の色をした川の流れていく先には黒灰色の雲の立ち込める空が広がっていた。  曇り空が曇り空のままいつの間にかまた一段階薄暗くなったようだ。  今、何時なんだろう?  多分、晴れていてももう日が暮れ出す時刻だ。 ――ハルくんは夕方、たった一人で橋から飛び降りたんでしょ。  ふと向日葵柄のワンピースを着た陽子おばさんが沈痛な面持ちで母親に告げる姿が浮かんだ。 ――私たちはあの子のことで随分手抜かりをしてきたんじゃないの?  円らな瞳には潤んだ光が宿っている。  そうだ、少なくとも陽子おばさんは赤ん坊の頃から見守ってきた俺の死を純粋に悲しんでくれるはずだ。  それと……。
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