第十四章:雨の日に還《かえ》る――陽希十四歳

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「ハル?」  雨風と濁流のざわめきから不意に温かな声が浮かび上がった。 「ミオ」  群青のリュックサックを背負い、ダボっとしたセルリアンブルーのTシャツに黒のハーフパンツを履いた、しかし、ハーフアップにした長い髪は濡れて肩に垂れた美生子が少し離れた場所に立っている。 「俺も傘、壊れちゃった」  手に持った傘はミントグリーンの生地が半ば外れて折れた親骨が覗いていた。 ――ガシャン。  次の瞬間、二人の足元にひしゃげた傘が落ちる音が響いた。 「ハル?」 「ミオ……」  そうだ、今日は美生子の英語塾に行く曜日だった。一緒なのはバレエだけで、相手には他にも親がお金を出してくれて学べる世界があるのだ。  どこか冷静な頭の片隅で思い出しつつ紺色のリュックサックごと自分より頭一つ分小さな体を抱き締める。  濡れたアスファルトと泥に混じってふわりと椿に似た甘い香りが立ち上った。  これはミオの髪からする匂いだ。  カーッと胸も目頭も熱くなって濡れた栗色の髪が垂れたセルリアンブルーのTシャツの肩に顔を埋めた。  椿じみた甘い香りに砂埃(すなぼこり)と仄かな汗の匂いが混ざる。 「俺……」  後は言葉にならない泣き声が漏れる。  濡れた服を着た相手の体は抱き締めればそこだけが命そのもののように温かかった。 ――ウゥーウウウ、ウゥー……。  サイレンの音が遠く響いてくる。  ずっとこうしているわけにはいかない。  だが、今はこうしていたい。  トゥク、トゥクと安らかな鼓動を打つこの温かな、自分とは異なる柔らかに丸みを帯びた体を抱き締めていたかった。  小一時間ほど前に動画で目にした女性の白桃じみた乳房や紅く上気した顔の潤んだ眼差し、切なげな声が閉じた瞼の裏に蘇る。  ふと背中を柔らかな掌が優しく叩いた。 「うちに行こっか」  女の子の声をした兄貴分の口調だ。
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