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「朝から雨降ってるし、台風も近いからあんま英語行きたくなかったけど、先週旅行で休んだから、続けて休むわけにもいかなくてさ」
美生子はひしゃげた傘をステッキのように振りながら苦笑いする。
二人ともすっかりずぶ濡れだが、不思議と寒くも惨めでもなかった。
隣り合って歩く仲間がいるからだ。
「それで行ってみたら、教室は半分くらいしか来てなかったんだよ」
カラカラとセルリアンブルーのTシャツの華奢な肩を震わせて笑う。
本来はダボッとした、体の線を覆い隠す仕立ての服は、今は水着さながら貼り付いて、美生子の小柄で華奢な体の割に突き出た胸を浮き上がらせていた。
どうしてこいつは女なんだろう。
ゴウッと行く手からの雨と砂を含む風を受けながら思う。
バレエを習って髪こそ長くしてハーフアップにしているけれど、いつも胸も尻も隠れるような大きめの服を着て、二人でいる時は自分を「俺」と言うような奴なのに。
ミオが例えば雅希君のような男だったら、純粋に良い友達、兄貴分だと思えるのに。
――カヨと同じ高校行こうって話してるけど、俺は頭悪いから。
照れたような、しかし、誇らしげな再従兄の顔と声が蘇った。
小学校から一緒の同級生の女の子と中学に入ってから付き合い出したのだという。
“カヨ”というその子に直接会ったことはないが、雅希の見せてくれた写真では黒く真っ直ぐな髪をショートカットにした、肌の浅黒い、男の子と見紛うような雰囲気だった。
――昔から一緒にサッカーやってたけど、今は俺が男子サッカー部の副キャプで、向こうは女子サッカー部のキャプなんだ。
――文武両道で成績も学年でトップクラスなんだけど、男で『好き』と言ってくれたのは俺だけだそうだ。
延々続く惚気話に頷きながら、これならミオの方が一般には可愛いし、女の子らしいだろうというのが率直な感想だった。
ただ、一つ上で自分と面差しや背格好も似通った再従兄にはもうそんな相手がいるのはやはり羨ましかった。
――ハルくんにはカノジョいないの?
桜色のワンピースを着てお下げ髪をピンクの玉飾り付きのゴムで結わえた四歳の詩乃ちゃんのクリクリした大きな目といとけない声が次いで蘇る。
――いたらいいんだけどね。
――マサくんにはカノジョいるのになんでハルくんにはいないの?
小さなお下げの頭を傾げる。
この幼い再従妹にはたまに会う自分が一つ屋根の下で暮らす兄のコピーのように捉えられているのだ。
――カレシやカノジョのいる人ばっかりじゃないんだよ。
笑いに紛らした自分の表情をじっと見上げていた再従妹は不意にパッと笑顔になった。
――じゃ、シノがハルくんのカノジョになる!
両手を広げるようにして上げる。
これはこの子の“抱っこして”のポーズだ。
――もっと大きくならないとダメだよ。
桜色のワンピースを纏った体は前よりは割増で重くなっていたが、寄せられた小さな頬からはふわりと乳臭い匂いがした。
自分たちも昔はこんな風に好きも嫌いも隠さずに現せたのだ、それで許されたのだと思うとまた胸の奥が疼くのだった。
同時に自分が女の子であることに微塵も疑問を抱かずに受け入れて女の子らしい装いを素直に好んでいる相手が得難くも思えた。
ミオは小さな頃からそうではなかったから。
昔から女の子にしか見えないし、体は女に相応しい成長をしているのに。
突き出た胸と尻に対してなだらかな美生子の肩には男物らしい群青のリュックサックはいかにも重そうに見えた。
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