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それから僕は、その異世界で憧れの日々を満喫した。
勇者しか使えない伝説の剣を片手に、魔法使いの少女との二人旅。
訪れた町でトラブルを解決しては名声を集め、嘆き悲しむ人々を救い、時には仲間を増やしていく。
何度も夢見てきた世界での旅路の先で、僕はやがて、その国の美人なお姫様と婚約することになった。
「王様、シーナ姫のことは必ず僕が幸せにします」
「頼んだぞ、勇者よ」
立派な髭を蓄えた堅物そうな王様にも認められて、お姫様とは相思相愛。国民にも仲間たちにも祝福されて、明日は国をあげての婚約パレードだ。
ずっと共に旅をして来たアリーも、寂しそうにしながらも僕の幸せを願い祝いの魔法をかけてくれるらしい。
この日のためにいろんな国から集めた食材で作られる美味しい食事に、綺麗に着飾ったシーナ姫。人々の笑顔に囲まれて、きっと素晴らしい一日になる。
「ああ、幸せだな……」
すべてが順風満帆で、愛しい日々。そんな満ち足りた時の中で、次第に元の世界のことを思い出すことはなくなっていった。
ずっとずっと、この幸せが続けばいい。僕ら心からそう願った。
*******
「勇崎さーん、お食事ですよー。……うーん、今日は反応ないですね」
「たまに目も開くし、意識は朦朧としてても声を発することもあるんだけど。……まあ、バイタル問題ないし、そのまま寝かせておこう」
「はーい。でもこの人、たまに目を開けたと思ったら椎名先輩のこと姫って呼ぶの、あれ何なんですかね? 勇崎さんと、事故前からのお知り合いだったりします?」
「うーん、顔は怪我でほとんどわからないけど……名前も知らないし、五十代の男性に知り合いは居ないわね……。 まあ、現実とごちゃ混ぜになった夢でも見てるんじゃない?」
「ですかね? 自分で車道に飛び出したヤバい人だって聞いてますけど……口元だけはいつも笑ってるみたいですし、いい夢見てるのかな」
「はいはい、話はそれくらいにして。こっちは終わったから、そっちも勇崎さんの食事終わったなら次の患者さんの所に行くわよ、有井さん。あんまり遅くなると、王坂先生にまた何か言われちゃう」
「はぁい。あの髭先生、おっかないですもんね」
「本当、仕事しながら医者に患者にご家族にって気遣って、看護師って大変よね……。彼みたいに夢の世界に逃げ込めるの、ちょっと羨ましいわ」
「えー、わたしは嫌ですけどね、だって、どんなに良くても夢は夢ですもん」
「ふふ、そうね。じゃあ、行きましょうか」
「はーい。それじゃあ勇崎さん、おやすみなさい。せめて楽しい夢を見てくださいね」
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