ひとつ屋根の下、殺し愛

9/26
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ
 非現実的な状況だというのに、セツナは動じることもなくひとりホテルの裏口からリクヒトを誘導していく。「こっち」とだけ言って、彼女は山道をぐんぐんのぼっていく。リン、リンという場違いな鈴の音がセツナから奏でられている。熊よけの鈴だ。リンリン。  熊出没注意の看板を無視して、慣れた足取りで地面を蹴るセツナに手を引かれ、リクヒトも必死になって足を動かす。熊が目の前で友人たちを襲った姿はまるで悪夢を見ているかのようだった。立っている位置が異なっていたら犠牲になっていたのは自分の方かもしれない。 「あった……」  山道をのぼっていくにつれて霧が濃くなっていく。初雪を観測したばかりの藍屑の山林はまだ深緑色だが、やがて真っ白になるのだろう。青臭い木々の香りが、腥い血の臭いを浄化しているかのようだった。そしてその先に、一軒の山小屋…… 「入って」 「え」 「早く!」  勢いよく扉を開けられ、リクヒトは山小屋へ足を踏み入れる。朽ち果てた外観とは裏腹に、小綺麗な内部。ブレーカーをあげ、電気が使えるのを確認したセツナはヒーターのスイッチを入れる。ひんやりしていた室内がほんのりとあたたまりはじめる。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!