偏屈ばあさんのゴミ屋敷

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 「お邪魔します……」と小さく言って、オレは鼻をつまみながら家に上がった。玄関の端にも、廊下の端にも階段の下にも居間にも台所にもゴミ袋がたくさん積みあがってて、歩くところだけ狭い道が出来ていた。一応、窓側のところにうっすい布団みたいなのが敷いてあって、ばあさんはそこへ座った。 「くさ。ねぇばあちゃん、一回、窓開けようよ」  オレは狭い道をばあさんの布団まで歩いて、ゴミ袋や服やタオルを押しのけて、カラカラカラと窓を開けた。  傍にいたカラスが、バサっと飛んでいった。 「んあ゛ぁ、虫が入る」  ばあさんは怒った。虫なんて今さら気にしてどうするんだよ……と思いながら、網戸を引っ張った。カッカッと、ひっかかって、なかなか閉まらない。 「んもぉ゛、貸してみ」  ばあさんは、ふん! っと力を入れて、どうしたのかわからないが一気に網戸を滑らせた。  風がふわっと来て、外の空気がすうっとこのゴミ部屋に入ってきた気がした。 「それではただ今より、堀田蓮、ゴミ袋大捜索作戦をじっこうします」 「なんじゃぁ、そりゃ」  ばあさんは、「ふん」と言いながら、口をくちゃくちゃした。  オレはまず、ゴミ捨て場でしたのと同じように、ゴミ袋の外側からじっくり観察していった。今朝のゴミなんだから、そんな下の方にあるはずはない。上に置かれたものや、端の方にポンと置かれたものを、一つずつ確認する。タオルとか服とかもつまみ上げて、放る。これでもないし……これ、でもないか。  部屋の端の方を見ると、小さいテレビみたいなものが隠れていることに気づいた。その目の前にある一番上のゴミ袋の向こうに、青と黄色の何かがずり落ちてる……? 「ふんぬっ!」  オレは、ちょっとゴミに登って手を伸ばした。青と黄色のそれに手が触れる。掴み取ると…… 「これ! オレのバズーカ!」  思わずばあさんに振り返った。 「あぁ、それや。なかなかかっこええ思うてな」  やったー! あった! オレのバズーカ!  ……じゃない! オレが探してるのは! え、バズーカがここにあるってことは、ばあさん、袋から出したってことだよな……? 「違うよばあちゃん、これが入ってたをオレは探してるの! 袋、どこ?! どれ!?」 「ふん、知るかい」  ばあさんは鼻をほじり出した。くそぅ! 目印がバズーカなのに、これが無いんじゃ、何の特徴もない! けど、一回出したってことは、口が開いてるってことだよな? この近くにあるはずだ! ……って、口開いてるやつ無い! ばあさん何きちんと結んでんだよ! どれだよもぉーーーーー!!!  オレは半泣きで、バズーカ近くの袋を重点的に観察した。これかな、と、試しに一つ開けてみたけど、うっ。くさ。これ以上手を入れて漁るなんて出来ないし…… 「青ガキ、そんなに何を探しとるんじゃ」  ばあさんは、口をへの字に曲げたままオレに喋りかけてきた。 「歯。歯だよ! 昨日学校で抜けて、うっかり捨てちゃったんだよぉ」 「歯……」  ばあさんは止まった。ん? 意味がわからないのかな? 「こーれ」  オレはばあさんの前まで言って、口をにーっとやって、抜けたところを指で差した。 「ひっひっひっひっひ」  ばあさんは突然笑い出した。 「わしと一緒やないかい」  いやいやいや。あんたの方が全然ないだろ。  ばあさんは、ところどころ歯のない口で、ひっひっひっひ、ぱくぱくぱくぱくと変な笑い方でひとしきり笑った。変だけど、笑ってるのは初めて見たから、何かよかった。 「……これじゃろ」  ばあさんはのっそり立ち上がって、ゆっくりとひとつ、ゴミ袋を持った。 「え……?」  オレはそれを受け取る。おい! 覚えてんのかよ! 最初から教えろよ! まぁいいや。歯が見つかるなら、何でもいい。  オレとばあさんは、狭い庭へ出て、タオルを敷いた。ゴミ袋をひっくり返して、中身をタオルの上に空ける。あとでちゃんと片づけますので!  オレはしゃがんで、ようく観察した。バナナの皮とか、袋に入った生ごみとか、プリンのカップとかいっぱいのチラシとか、小さいゴミとか埃とか。確かに、うちが出したゴミだなとわかる。昨日食べたじゃがりこの袋もあるし、くしゃくしゃに丸まったオレの小テストもあるし、妹のガチャガチャのピンクの丸ケースもあった。  さて問題は、ティッシュだ。オレが学校で丸めたのは、どれだ。くっそぅ、幼稚園の時みたいに、キャラクターの絵が描いてるティッシュだったらすぐわかったのになぁ。オレは、ティッシュを一個ずつ開く。  横でばあさんも、低い台に座って、やってくれていた。人ん家のゴミなのに、まるで平気な顔で、皺と血管の浮いた手で一個ずつめくっていく。  ぽーんぽーらぽぽぽーら、と、夕方5時を知らせる音楽と、放送が流れた。空を見ると、夕焼け色になってきていた。カァー、カァーとカラスの鳴き声がしたなと思うと、すぅっとこの家の塀にとまって、オレのゴミを狙うように見てきた。 「しぃっっ!」  と、ばあさんが腕をぶんと振って威嚇すると、カラスはまた、バサバサと飛び去って行った。すげぇ。カラスを追い払えるんだ。  また、ティッシュ開け作業に戻った時だった。  「あ……」  ばあさんもオレの方を見た。  「あった……あったぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!」  オレは歯を天高く突き上げた。
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