4人が本棚に入れています
本棚に追加
おーい。
おーい、愛しのキミよ。
ここを開けてくれ。
キミの顔を見せてほしいんだ。
なあ、頼むから……
せめて返事くらいしてくれよ。
……どうしてキミは、ボクに何も言ってくれないんだ?
ボクは、ただキミの側にいたいだけなのに。
ただそれだけなのに……どうして。
……ああ、そうか。
わかったよ。
キミは怖がっているんだね。
ボクが王宮の皆を処刑してきたことを。
キミはとても優しいからね。
ボクとキミの仲を引き裂いてきた奴らのことさえ、キミは気にかけている。
だから、こんなにも怯えているんだね。
ごめんね。
キミを怖がらせるつもりはなかったんだ。
心からすまなかったと思っているよ。
でも、もう大丈夫。
安心していいんだよ。
もう誰もキミの前では殺さないし、傷つけたりもしないから。
だって今日この日、ボクたちの復讐は終わったんだもの。
ねえ、窓の外を見てごらんよ。
部屋の中からでも空が見えるだろう?
とてもきれいだ。
真っ赤に染まった夕焼け空だよ。
うっとりしちゃうほど、鮮やかな血の色だね。
うん、わかるよ。
キミはこういう風景が好きだったもんね。
もちろんボクも大好きさ。
ああ、懐かしいなあ。
お互い乳飲み子だった幼い時から、二人で日が暮れるまで遊んでいたね。
あの日二人で眺めていた夕焼けと同じ色だ。
覚えてるかい?
二人でよく木剣を撃ち合って、泥だらけになりながら訓練をしていたこと。
くたくたになって倒れたあとは将来のことを語り合ったよね。
ボクは父上に認められて、王家を継ぐことが夢だった。
ボクが王になることで、亡くなった母さんの無念を晴らしたかったんだ。
妾の娘でしかないボクが王になるなんて、誰も信じてくれなかったけど、キミだけは違った。
キミはボクを守る騎士になるって言ってくれた。
一生、ボクを守り続けてくれるって。
笑っちゃうくらい真剣な顔でさ。
本当は虫も殺せないくらい弱虫のくせに、ボクの眼の前になるとやたらカッコつけたがって…
今思えば、あの時からボクはキミのことを愛しいと思ったんだ。
ずっと、キミの側を離れたくないって。
永遠に添い遂げたいって思った。
その気持ちは今も変わらない。
むしろ時を重ねるごとに強くなっている気がするくらいだ。
特に…ボクとキミが離れ離れになった時から、その思いはずっと強くなった。
キミとボクが引き裂かれた日…
あの日を思い出すと、今でも胸が焼かれる思いがするよ。
あの日、ボクたちの住んでいた屋敷に火が放たれ、キミの両親や屋敷の者たちは強盗に殺された。
そして、キミはボクの眼の前で賊に斬り捨てられた。
キミはボクをかばって、代わりに自分が斬られることを選んだんだ。
血を流して崩れ落ちるキミの姿を見たとき、ボクの中で何かが壊れた音がした。
それから後のことは、あまり記憶がない。
気づいたときには、ボクは燃えて崩れ落ちた屋敷の残骸の前で、打ちひしがれていた。
まるで自分の体じゃないみたいに手足が震えていて、喉の奥からは獣のような叫び声しか出てこなかった。
目の前にある光景が何なのか、理解できなかったよ。
屋敷の者は皆殺されて、誰一人残っていない。
最愛のキミは、ボクの身体に飛び散った血を除いて、跡形もなく消えていた。
ボクにとってかけがえのない居場所は、一夜にして全て奪われてしまったんだ。
それからしばらく後は辛いことばかりだった。
なにせほとんど呆然自失の状態だったからね。
明け方に王宮から使者がやって来て、独りになったボクを保護した。
だけど、それはボクにとっては地獄にいるのと変わりない日々の始まりだった。
ボクは僻地の孤島に島流しにされ、ほんの数人の召使いと共に、そこで死ぬまで幽閉されることになった。
国王の妾の子であるボクは、下級貴族のキミの実家に引き取られ、赤ん坊の時からキミとともに育てられていた。
もともと皇位継承権も低かったボクには、政治的な利用価値もほとんど無く、引き取ってくれる貴族がキミのところしかなかったんだ。
だからキミの家が崩壊したあと、ほとんど精神が崩壊しているような状態のボクの引き取り手なんて当然無かった。
それで、誰も訪れないような孤島に閉じ込められるようになったんだね。
そこでボクは、誰にも知られずにひっそりと朽ちていく運命だった。
ボクは何もかも失った。
生きる意味さえも分からなくなり、緩慢と死を待つだけの毎日を送っていた。
ただ生きているだけで、食事を採っても何の味もしない。
たまにわけも分からず叫びだしたり、壁に頭を打ち付けたり、手首をナイフで切ったりしては、使用人たちに止められる。
そんな毎日だった。
そうして、気が付けば数年が経っていた。
ある日、とうとうボクは生きているのが限界になった。
ずっとキミのことを考えていたんだ。
はやくこの苦しみから解き放たれて、キミにもう一度会いたい。
もう一度会って、ボクの想いを伝えたいって。
その時のボクは、キミがすでにこの世にはいないものと思っていたからね。
だから今ボクが死ねば、先に逝ったキミに会えるじゃないかって気づいたんだ。
そのことに気づいた時。
ボクは嬉しくなって、すぐに崖から飛び降りたんだよ。
だって、ただ死ぬだけでキミにまた会えるんだもの。
ずいぶん安いものじゃないか。
キミのいない世界なんて、生きても意味がないからね。
(扉が開く)
……よかった。
やっと扉を開いてくれたね。
…ああ、わざわざ手を掴んで部屋に入れてくれるなんて嬉しいなあ。
キミの身体にまた触れることができるなんて、ボクは幸せ者だよ…
ボクとしては、そのまま寝所に連れ込んでくれてもいいんだけどね。
うふふ…って…あっ…
ずるいぞ…
急に…抱きしめてくるなんて。
ボクがせっかく話しているのに……
うん?
「自分の命を粗末に扱わないでくれ?」
って……ああ…そうか。
キミはボクが自殺しようとしたことを怒っているんだね。
ごめんごめん。
もう二度としないよ。
危うくキミを残して、ボクが先に死んでしまうところだったから。
今度死ぬ時は絶対に一緒にいたいものね。
…幸い、ボクは崖から落ちても死ななかった。
岩に当たって全身を強く打ったけど、なんとか一命を取り留めることができた。
命を取り留めただけじゃない。
ボクはそこで新しい力を手に入れた。
崖から飛び降りて生と死の淵をさまよったことで、ボクの中に眠る魔族としての血が覚醒したんだ。
キミは疑問に思っただろう。
魔族は太古の昔に絶滅したはずだ。
なぜ人間のボクがその力を?とね。
はるか昔、魔族の中には人間との間に子をなす者がいたという。
それで魔族と交雑した人間が先祖にいると、ボクみたいに死にかけた人間のなかで、たまに魔族の持っていた力を使える者が出てくるらしいんだ。
歴代の王族に、魔族の力が発言した者はいないから、この力はボクの母さんの血筋から来たもののようだね。
あの日以来、ボクは全てを支配できるような気がした。
身体中から無限に力が湧いてきて、全てを壊せるような気がしたんだよ。
そして、キミを求める気持ちも深く、深くなっていた。
キミのことが愛おしくて愛おしくて、キミを奪った奴らへの憎しみが、ボクの心を埋め尽くしていったんだ。
だから、ボクは島を出て復讐を始めることにした。
キミを奪った強盗どもを見つけ出し、1つの肉片すら残さず捻り殺してやろうと思ったのさ。
そして全ての復讐を遂げたあと、キミの墓を作って、その墓前で首を切って死のう。
そう誓ったんだ。
ボクは魔族の力を使って、海を越えて島を出た。
そしてキミとボクの屋敷を襲撃した犯人を探したんだ。
だけど、最初はなかなか見つからなかった。
犯人たちの足取りが全く追えなかったんだ。
でも、それは当たり前のことだった。
後になって分かったことだったけど、あの襲撃は王族の者がやったことだったから。
王になろうとするボクの存在を疎んだ、他の王子連中や、その母親である王女や側室たち。
そういった王宮の腐ったクズどもが、賊を仕向けてボクを狙ったんだ。
王族の手のものがやったことだから、賊の素性を容易には探れないようになっていた。
上等だ、と思ったよ。
そんなに真実を森に隠したいなら、隠している森ごと全部壊してやればいい。
ボクはこの国の盗賊やゴロツキ共を、手当たり次第殺しまくった。
殺す前に尋問をして、あの日の襲撃を知ってそうな奴を探していったんだ。
やがてボクの噂は国中に広まり、殺しをしているボクを捕らえるために、国の兵士が送られることもあった。
最初は、ボクは国の兵士たちとは戦わないようにしていた。
なるべく悪人だけを殺すつもりだったから、こういう罪のない兵士を殺すのは抵抗があったんだ。
ボクにもそのくらいの分別は残っていたつもりだったからね。
でもね。
その僅かな良心も、すぐに無くなったよ。
山奥に逃げ込んでいた山賊を壊滅させた時、やっと手がかりをつかんだんだ。
情報を吐いたのは、山賊にしてはやけに身なりのいい首領だった。
奴は口が硬かった。
身体中の皮を削ぎ落としても口を割ろうとしなかったくらいにね。
でも、奴の娘にも同じことをしようとしたら、あっさりと喋ってくれたよ。
王家のゴミムシ共が、ボクたちに何をしたのかを。
奴は王宮の後ろ暗い仕事をしてきた一族の者だったんだ。
それから後は、怒りの感情しか覚えていない。
だって王族の連中が、ボクとキミをあんな目に合わせて、まだのうのうと生きていることが分かったんだもの。
怒りに任せて山賊の生き残りごと、アジトを灰にしてやった。
皆殺しだよ。
首領の娘はどうしたかって?
当然、消し炭すら残さないほどに燃やし尽くしてやったよ。
全身の皮を削ぎ落とした後にね。
当然じゃないか。
キミを殺した奴の一族なんか、たとえ襲撃に関わって無い非戦闘員でも、一人たりとも生かす価値はない。
先に手を出したのはあいつらだ。
それなのに娘だけでも助けてほしいなんて、ボクのキミに対する愛情を侮辱したも同然じゃないか。
そんな奴らは、いくら死んで償っても足りない。
うん?なになに?
「俺のためにそんなことまでしないで欲しかった。
俺はそんなに愛される価値のある男じゃない」だって?
…あはは。
本当に可愛いなあ、キミは。
ボクがどんなにキミを愛しているか分かっていないんだね。
いいかい。
ボクはキミのためだったら、なんでもする。
何を犠牲にしても構わない。
それこそボク自身の命だって、キミのためなら安いものさ。
…まあ、キミを悲しませたくはないから、もう自死はしないけどね。
でも、それだけの想いがボクにはあるんだよ。
そのことは、忘れないでほしいな。
……ああ、そうそう。
ボクを捕らえようとした兵士たちについてだけど。
そいつらもみんな殺したよ。
当然だよね。
ボクたちが襲われたのは、王族のクズどもの差し金だ。
そして兵士たちは、王族の手先でもある。
いくらあの日の襲撃に関わっていない連中だとしても、王宮からやってきた以上、ボクの敵には変わりない。
だから、全員まとめて焼き払ってやった。
焼け死ぬまで、より苦しんで死ぬように痛みを増大させる魔法をかけてからね。
そうやって兵士共をなぎ倒しながら、ボクは王宮にまっすぐ向かった。
もう復讐するべき相手は分かっていたから。
ボクは王宮にたどり着いた。
王宮の門番もボクの姿を見て、慌てて武器を構えてきた。
ボクは奴らを容赦なく燃やした。
邪魔をする者は誰であろうと許すつもりはなかったから。
ただただキミへの愛しさが募っていたから。
ボクからキミを奪った憎き者たちが、ボクの放つ炎で泣き叫びながら死んでいく姿を見ると…… それだけで絶頂してしまいそうになるほどだった。
なんでかって?
そりゃあ、キミに見てもらうためだよ。
その時のボクは、キミが死んでいると思っていた。
だから天国のキミに、ボクの愛の炎をくべることで、ボクのことを見つけてほしかったんだよ。
「ボクはここにいるよ」
「ボクを見てほしいな」
「ボクの愛はこんなにも燃え上がっているんだよ」
って思いを込めてね。
…ふふふ、少し怖いかな?
結果的にキミは生きていたし、ボクの愛の炎も見てくれてたようだから、ボクとしてはいい考えだと思っているんだけどね。
ただ…キミとの再会の瞬間。
ボクにとっては何よりも嬉しいことのはずなのに、ひどく嫌な思いをすることになった。
あらゆる敵をなぎ倒し、ボクはとうとう王の間に辿り着いた。
王の間には王族のゴミムシどもが、揃いも揃って怯えた面を晒していた。
それだけならただ嘲笑を浴びせて、消し炭にしてやれば済む話だったんだけど…
やつらはボクの愛するキミを人質に取ったんだ。
自分たちが生き残るために、汚い手でキミの身体を拘束し、キミの美しい喉元にナイフを突きつけていたんだ。
あの時の気持ちが分かるかい?
もちろん、キミが生きていたことを喜ぶ気持ちはあったさ。
でもそれ以上に、 キミを傷つけようとするゴミムシどもに対しての怒りと、そんな姑息な奴らにキミを奪われそうになった恐怖と絶望が、ボクの心をもっと深く闇に染めたんだよ。
気が付けば、王の間は真っ赤に染まっていたよ。
ボクは怒りに任せて、その場の連中を全員ヘドロのような肉片にしたんだ。
愛しのキミを除いてね。
心が醜い連中には、お似合いの最後だったよ。
その後は、キミも知っている通りだ。
ボクはキミを抱きしめた。
そしてキミの身体に、自分の身体を重ね続けたんだ。
ああ、この世で一番幸せな時間だったよ。
やっとボクはキミを取り戻せたんだ。
ボクがキミの温もりを感じるたびに、ボクの心の氷は溶けていった。
何年も会えない間にたくましくなったキミの身体に口づけをして、ボクは隅々まで愛したよ。
ボクはキミが愛おしくてたまらなかった。
もう二度と離さない。
絶対に離れない。
そう誓った。
でも…
ひとしきり抱いたあと、キミはボクから逃げてしまった。
ついさっきのことだね。
ボクは悲しくて、しばらくそこから動けなくなったよ。
「どうして?」
「 ボクのことが嫌いになったの?」
「愛しているのはボクの方だけ?」
「いやだ、いやだ、いやだ!」
ってね。
まあ、すぐに自分が考えすぎたことに気づいたよ。
キミがボクを嫌いになるはずないってね。
キミは優しいから、ボクがたくさんの人を殺したことを怖いと思ってくれたんだよね。
だから、思わずボクから逃げ出しちゃったんだ。
そうだよね。
…うん、そう言ってくれると、うれしいな。
まあ、まだボクのことは怖いみたいだけど…大丈夫だよ。
キミがどんなにボクを嫌っても、ボクは永遠にキミを愛し続けるから。
だってキミが死んだと思っていた時も、ずっとボクはキミのことを想い続けていたんだよ。
それくらいキミを愛しているんだ。
キミに嫌われたとしても、ボクの気持ちは変わらないさ。
…あっ
…またキミは、不意打ちで抱きしめてきて…
本当にずるいやつだな…
「お前を嫌うはずがないだろう。俺もずっと好きだったんだから」だって?
まったく…… キミは本当に憎いやつだよ。
でも……ありがとう。
キミのその言葉だけで、ボクは幸せだよ。
ボクも大好きさ。
二度と離れ離れになんかならないよ。
ずっと、一緒にいようね…
ボクだけの騎士様…
最初のコメントを投稿しよう!