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「太陽星って何だ?」
「わからん。」
「TVで良く流れているんだよ最近。だが、さっぱりわからん。」
彼は言った。
「…。多様性かな?」
「それだ。それ。何で気持ちを我慢するんだ。
別にどんな格好をしても良いのに。」
確かにどんな格好をしても良い。だけど、生きづらくなってしまう。例えば、どこかの会社の営業マンが頭に角を生やして牙をつけて歩く人を周りは誠実で信頼できる人とは感じない。だから物も売れづらくなる。これは極端だが、少しだけ目立つと大きなハンマーで頭からスクラップにされてしまう世の中だ。だから、空気を読み読みまくって生きている。
体型も服装も髪型も全て目立たないことが理想だ。
私に関わるもので目立つものは隣りにいる彼だけだ。彼とは10年お付き合いをしている。
田舎の高校で出会い、付き合いだして今28歳。
彼は私とは違い空気を読むことはしない。好きなように風みたいに生きていて、私の心にそよ風を運んで来る人。職業は営業マンだ。青に染めた髪型、スーツは赤、緑、白など好きな色を着て行く。どうして彼の行動が許されるかは謎だが、彼は人から好かれ仕事もできる。
「あのさ、どうして一緒がいいのかな。羊の群れみたいに、みんな同じ方向に同じ格好で進むことがそんなに大事なことなのかな。」
「わからないけれどそれが一番楽に生きる方法なのかもしれない。」
彼は黙った。たぶん回転の良い頭で何かを考えている。
「楽に生きているようには見えないんだよね。
居酒屋で愚痴は聞くし、満員電車でも辛そうな人見かけるしね。たくさんの怒りや諦めがいずれ爆発するのではないかって思ってしまう。」
確かに楽しくなんかない。毎日毎日、朝起きることはつらいし、満員電車も嫌。職場ではみんなと仲良くやるために我慢してるし。
「なぁ何で試しもしないで諦めちゃうの?失敗したからって、直に諦めちゃうのは何故?」
「ねぇ、どうしてあなたはそんなに強いの?嫌なこと言われたくないとか思わないの?」
「僕は強くないよ。嫌なこと言われたら傷つくよ。だけど、自分の気持ちを曲げたくない。人に迷惑かけてしまうのは良くないけど、僕が好きな格好でいることが人の迷惑だと思っていないし、空気読むとか言うけど、誰の空気を読むの?読み過ぎたらわかんなくなっちゃうだろう。」
彼はレモネードを飲みながら窓の外を見た。
私は彼みたいに考えられなかった。全て無難に兎に角目立たないように生きてきた。なのに、うまく行かなかった。何を間違えたのだろうか。
ある日職場に行くと明らかに私は嫌われ者になっていた。同じ部署の同期の女の子がみんなを率いて私を嫌われ者に仕立てたようだ。それからが地獄だった。陰口だけならまだしも、あからさまに怒りをぶつけられ傷ついた。それでも私はまだ空気を読み続けた。
ある日私は見晴らしの良い屋上のあるビルを見かけた。その日はすごくつらくて頭も身体も重くて何も考えられなかった。
私はビルの屋上に行き空を眺めていた。太陽は身体を温め、私を焼き尽くす。風は私を優しく包んでくれる。私は自然を感じた。感じつくしたら涙が溢れてきて、気がついたら、空を飛んでいた。
そして私は太陽星になったのだ。
私は死んでしまったんだ、きっと。
「おーい。こっちにおいで。遊園地あるよ~。」
私はうさぎに呼ばれ遊園地で遊んだ。ジェットコースター、観覧車、メリーゴーランド。私はうさぎと乗り物を楽しんだ。最後にうさぎは、トランポリンに私を連れていき一緒に跳ねた。跳ねた私は、目を覚ました。気がつくと、病院のベッドにいたのだ。
私は3ヶ月入院することになっていた。
1ヶ月が過ぎたあたりに彼は現れた。私が昼寝をして起きた時椅子に彼が座っていたのだ。
彼は、私の前で本を読んでいることが多い。
そして私に色々な話しをしてくれる。
私は彼とずっと前から知り合いだった気がして来た。そう思ったら、私の頭の中から次々と彼とのストーリーが浮かんできた。本当は行ったことのないデートとか、彼の職業だとか。
私の思考は私に足りない何かを埋めるように、彼を創り出して行く。私は退院してから実家に戻った。
彼も実家に来てくれた。私は彼と結婚するんだ。
きっと。
ある日私は夢を見た。あの時のうさぎが囁いた。
「彼は幻。実在しない。あなたが創り出した作品。私や遊園地と一緒だよ。だからあなたは、ひとり。一人でまた太陽星に来るの。今度はしっかりと生きてからね。」
私はうさぎをハンマーで殴っていた。
彼はいる。私は幸せでひとりではない。なのにうさぎが私からすべてを奪っていった。
気がつくと私は、以前に勤めていた会社のエントランスにいた。目の前には血みどろで倒れている同期の女。そういえば、彼からプレゼントされたネックレスを自慢していた。そのネックレスが血まみれだ。
私はおかしくて笑った。簡単なことだったのだ。
壊してしまえば良いのだ。自分の殻なんて壊してしまえば何も怖くない。
私は目が覚めた。ここは病院だ。
私は1ヶ月目を覚まさなかったらしい。父も母も私がこのまま一生眠り続けるのではないかと思っていたらしい。私はずっと夢を見ていた。
退院した私はもう空気を読み自分を諦めることを辞めた。やめたら生きやすくなった。私は、自分の人生を生きる。これからさきずっと。
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