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「龍神様は雨を降らせなかったから信仰を失いました。けれど、みのり様には、みのり様のために祈り続けている人間がいるからです」
「キオね!」
「そうです。みのり様がキオと呼ばれる人間の思いが、あなた様に力を与えているのです」
「みのり様、あなた様にしかできない。どうか雨を降らせてください。龍神様に代わって、村人達の信仰を取り戻してください」
「だけど、私にはまだ神力が……」
二人は躊躇う私に頷いた。
「いいえ。みのり様の中に神力を感じます」
「今ならできるはずです」
「龍に変化するのです。そして、村人達を心から赦してください」
「慈悲の心が雨を降らせるでしょう」
「やってみる」
神力のことはわからないけれど、私の体には勇気が満ちている。キオ、桜、橘、龍神様のために、私ができることをやってみせる。
「みのり様!」
神域の端まで走ると、私は雲の上から飛び降りた。龍に変化してから飛び立てるならそれが一番だけれど、その時間が惜しい。自分を信じるしかない。
――お願い、雨よ降って――
落下しながら、私は懸命に祈った。
裏切られて見捨ててしまったけれど、私は本当に村人達に感謝していた。キオのことが大好きだった。桜と橘のことが大好きなの。
龍神のことを、心から愛している。
地面が迫り死を覚悟した時、私は龍になった。
浮遊感に包まれる。真っ白に輝く鱗が綺麗だ。私は無我夢中で空を駆け抜けた。
やがて、辺りには大粒の雨が降り注ぎ、空を見上げた人々は私を見つけた。
「龍神様!」
指差す者、手を合わせる者、跪く者がいた。その中で唯一、キオは私に手を振った。掲げられた手を目印に近付くと、キオは私に笑いかけた。その頭上を舞って天に昇る。
「オリ」と聞こえた気がしたけれど、決して振り返らない。私はもうオリではなく、みのりなのだから。
ありがとう、キオ。あなたのお陰だよ。
これからずっと、あなたのことを見守っている。
神域に戻ると、雲の際から身を乗り出し下界を見つめていた桜と橘に出迎えられた。二人の体はもう透けていない。
よかった。
駆け寄る二人の姿に安堵した瞬間、全身の力が抜けて自分の体が制御できなくなった。
「みのり様!」
悲痛な叫び声が聞こえるのに体が動かない。意識が遠のく。だめだ、このままだと地上に落ちる。
「死にたくないと言ったのはお前ではないか。なぜ命を賭すような真似をする」
人型に戻った私を受け止めたのは力を取り戻した龍神だった。横抱きにされて、ぐっと距離を詰められる。近付いた綺麗な顔は怒りに歪んでいた。こんな表情、衝動をぶつけられた時でさえ見たことがない。
「私だって、怒っているのですよ」
むっとして言い返し、右手でそっと彼の頬に触れた。表情が解ける。あたたかい涙が私の頬に落ちた。
「百年もいりませんでした。私は雨を降らせるのが得意みたいです。ね?」
「この大馬鹿者」
「龍神様もですよ」
龍神につられて、私の目からも涙が零れた。
「みのり」
名前を呼ばれるだけで、幸福感に満たされる。
この日、私は本当の意味で龍神の花嫁になった。
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