龍神は愛する者のために命を賭す(改稿版)

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 満月の夜、浅い眠りから醒めた私は、疲れて眠くなることを期待して屋敷の中を散歩してみることにした。寝起きとは思えないほど体がよく動く。龍神も桜も橘も眠っているのだろう。屋敷内はしんとしており、微かに水と風の音が聞こえる程度だった。  長い廊下を数度曲がった時、縁側で空を見上げている龍神を見つけた。桜と橘は近くにいないようで、いつもとは違い姿勢を崩して柱に寄りかかっている。物憂げな雰囲気に近付くのは躊躇われたが、大きく息を吐く姿に考えるよりも先に声を掛けてしまった。 「眠れないんですか? 龍神様」 「それ以上近付くな、みのり」  龍神はこちらに視線を向けることなく、気怠そうに私の名前を呼んだ。 「そうだな、お前も今日は気が昂るか」 「え……? 気が(たかぶ)るってもしかして、神力が溢れているってことですか? 今なら龍に成れたりします?」  体力が有り余っている気がしたのは気のせいじゃなかったのか。期待に胸を弾ませ尋ねると、龍神は最大限の呆れ顔をこちらに向けた。 「そういう意味ではないわ。うつけ」  罵られたかった訳ではないが、張りが戻った声に安堵する。 「龍は本来、穏やかな気質ではない。満月の夜にはその荒ぶる本性が強まるのだ」 「なるほど……?」 「わかってないのに、わかったような返事をするな」 「ごめんなさい」 「わかりやすく言えば、他害衝動が強くなるということだ」 「でも、龍神様はいつもどおりやさしいですよね?」 「そう努めているだけだ」  言われて注視すると、床に添えられた龍神の指先は爪が白くなるほど力が込められていた。首筋にはうっすらと汗が滲んでいる。  桜と橘がここにいないのは、危害を加えないよう龍神が遠ざけているのだろう。 「苦しくありませんか? 助けが必要ではありませんか?」 「お前、いつもはもう少し察しがいいだろう? くどくどと質問を並べ立てるな。何が言いたい」  私と同じ黒い瞳が、今は月の色を映したように金色に輝いている。人型の時には無かったはずの牙を見せつけ、龍神は私を威嚇した。 「余計なお世話になったらいけないかと思って、しつこく確認してごめんなさい。単刀直入に言いますね。  あなたの中にある昂りを、どうぞ私にぶつけてください。私はあなたの花嫁なのだから、桜と橘の二人より強いはずです」  返事を待たずに、私は龍神の隣に腰を下ろして抱き着いた。
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