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噛み付かれても、引っ掻かれてもいい。どんな酷いことをされてもいいと思った。きっとこれが、何もできない私にできる唯一の恩返しだ。
「みのり!」
龍神は私を引き離そうと肩を掴んだ。けれど、絶対に怯まない。放すものかとしがみ付いた。
「やめろ!」
「やめません!」
己の中の衝動が邪魔をするのか、龍神は私を退けることができなかった。揉み合いになり、勢い余って縁側から転がり落ちる。
下敷きになった私は背中を打ち付けたものの、龍神が庇ってくれたお陰で頭は打たなかった。
「龍神……っ!」
大丈夫ですと告げようとした私は、突き刺すような肩の痛みに言葉を失った。
「うっ、……あ」
「み、のり」
口を血で汚した龍神が私を見下ろしている。苦しそうに顔を歪め、縋るような目で私を見ている。
息が浅くなる。嚙み付かれた傷は深いのだろうか。着物がじわじわと湿っていくのを感じた。痛みを熱さが凌駕して、感覚が鈍っていく。
「大丈夫です。龍神様。気のすむまでどうぞ」
抑え付けられた左腕に爪が食い込む。私は自由になる右手で龍神の頬に触れ、そのまま引き寄せた。
「うっ」
今度は喉元を噛まれたけれど、力はほとんど入っていなかった。衝動に抗っているせいだろう、龍神の体は激しく震えていた。
「どうして、そこまでする」
「だって、龍神様は泣いている私を受け止めてくれたじゃないですか。だから今度は、私が龍神様を受け止めたいんです」
「小娘の涙を受け止めるのと、龍神の衝動を受け止めるのは訳が違う」
「そんなに違いませんよ。龍神様は今、心の中で泣いている。私はそんなあなたに寄り添いたいだけなんです」
龍神はそれ以上、私を傷付けはしなかった。
時折抱き締め返す力が強くなることはあったけれど、痛みを感じる程ではなく、私にはそれが愛情によるもののように思えた。
龍神が落ち着くまでずっと、私は彼の髪を撫で続けた。空の色が紫色に変わり始めた頃、龍神は私を抱き上げ縁側に座らせた。
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