龍神は愛する者のために命を賭す(改稿版)

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 雲を突き抜けた先に見えてきたのは、朱色の柱が美しい神社のような建物だった。 「ここが龍神様のおうちですか」 「そうだ。このように立派な建物は見たことがなかろう」  龍神は誇らしげに胸を張ったが、私は「どこかで見たことがあるような」と思い、愛想笑いを浮かべた。  馬鹿にはしていない。ただ、ほんの少しだけ龍神がかわいく思えた。  それにしても、この既視感。建物の入り口に降ろされて、私は首を傾げた。  とても雰囲気の似た場所を知っている。  水の上に建てられた、荘厳な雰囲気のある建造物……。なぜだか思い出せない。この世界に来てそれほど時間は経っていないというのに、異常な早さで元の世界の記憶が薄れている。  何かが引っ掛かりながらも、私は龍神に問いかけた。 「とても立派な建物ですが、龍神様が住むには狭くありませんか?」  この建物は、明らかにスケールが人間用のそれだ。私にとっては違和感がないが、龍神が入るには小さ過ぎる。 「龍神様?」  返事を求めて振り向くと、そこには私よりも頭一つ分背の高い青年が立っていた。  あんなに巨大で存在感のあった龍神の姿がない。入れ違いに青年が現れたということは、まさかとは思うがまさか。 「龍神様、ですよね? その姿、私に合わせてくれたのですか?」  私の言葉に、龍神は忌々しそうに表情を歪めた。首をひねると、肩のあたりで緩く結ばれた髪が揺れる。 「馬鹿を言うな。お前のためにしてやることなど一つもないわ。元々俺はこの姿をしていたのだ」  黒い髪に黒い瞳。龍神の姿は村人達よりも私に近かった。  (さげす)みの視線を向けられている。それなのに、とんでもなく顔が良いから見惚(みと)れてしまう。  龍の姿をしていた時と違い、薄いくちびるは言葉に合わせて形を変え、低く透き通った声を奏でている。そのうえ、真っ白な着物に真っ白な袴を着た龍神は、淡く光っているようで文字通り神々しい。  それに比べると私は同じ白い衣装でもみすぼらしく、自分のことがとても哀れに思えた。 「さっきから気になっていたのだが、その臭い布はなんだ」  龍神は鼻を摘まみながら私の足元を見た。着物に隠れているはずだが、黒い(まなこ)は真っすぐに左足を捉えている。 「足の怪我が早く治るようにと、村人が薬を塗ってくれたのです。効果はよくわからないんですけど」  龍神が言うように、湿布は妙に臭かった。複数の草花をすり潰したものにかたつむりの粘液が混ぜ込まれているとかなんとか……。キオはとてもいい薬だと言っていたけれど、正体を知らずにいた方がよかったなと思ったものだ。 「気休めにもならん」  龍神は呆れ顔で嘆息すると、右手で空を切った。 「えっ、わあっ!」  局地的に起きた突風が着物の裾を撒き上げる。それは意思を持っているかのように湿布を剥ぎ取り、吹き飛ばす。  (あら)わになった足はまだ赤く腫れていたが、じんわりと温かみを感じた途端、嘘みたいに痛みが消えていた。 「治った……?」 「治してやったんだ」 「あ、ありがとうございます」  唖然とする私を一瞥(いちべつ)すると、彼は照れたように視線を逸らした。 「お前、名は何という?」 「オリです」 「違う。それは村の連中の呼び方だろう。お前は、俺がお前の名を呼ぶことができないと思っているのか?」 「あ……。いえ、そんなつもりは。すっかり呼ばれ慣れていたもので。  みのりです。古月(ふるづき) みのり」 「実りか。豊穣を意味する名を持つお前が生贄として差し出されるなんて皮肉だな」  龍神は顔を(しか)めたが、私はまともに名前を呼ばれたことがうれしくて、深く考えずに「そうですね!」と返した。 「ふん。相変わらず、村の連中は着物の着方が雑だな」  龍神は吐き捨てると、面倒そうに手を打ち鳴らした。 「桜、橘。こいつの身なりを整えてやれ。見るに堪えん」  いつのまにか目の前に現れた女性が二人、私達の前に(ひざまず)いた。
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