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「準備を終えたら俺のところまで連れてこい」
「かしこまりました」
巫女装束を着た二人は、同一人物であるかのようにその姿も声も似通っている。同じ顔にずいと迫られて、私は思わず仰け反った。
「ささ、参りますよ」
「龍神様をお待たせしてはなりません」
「お急ぎを」
それぞれに両手を引かれ、否応なしに駆け出す。
「ちょっと待って。急に」
「廊下を走るなんてはしたないですよ」
「どたばたと品のない」
バランスを崩してつんのめると、二人は代わる代わる苦言を呈した。それでも彼女たちは歩調を緩めない。どうやら、わざとやっているようだった。これはいわゆる嫁いびりなのだろうか。
「龍神様ったらこんな小娘に情をかけて」
「本当にお優しい方」
「感謝なさいな」
「感謝なさいな」
髪と衣装を整える間、私はずっと彼女達に龍神のすばらしさを説かれた。
「この世に八百万の神が居ようとも、一番心優しく清らかなのは龍神様」
「東の方では山の神が怒りに任せて大地を震わせたらしい」
「南の方では海の神が戯れに千を超える船を沈めたらしい」
「どうして、そんなことを」
髪を梳いてくれる橘に鏡越しに問いかけると、彼女は「神とはそのようなものです」とすました表情を浮かべた。
「神とは人々に敬われ、畏れられるもの」
「けれど、龍神様はこんなちっぽけな命でさえ、粗末に扱いはしないのです」
言葉の端々に刺々しさは感じるけれど、二人の仕事は完璧だった。汚れを落とし着付けしなおした着物は見違えるほどに綺麗で、生花の髪飾りで彩られた髪は私の平凡顔をうまくごまかしてくれている。
さっきまでは哀れな死人のように見えていたのに、嘘みたいだ。
「本当に、花嫁さんみたい」
鏡の中の私は、うれしそうに自分に笑いかけた。
突然の結婚話に実感はわかないままだけれど、形だけでも整えて貰えてうれしい。これなら龍神の隣にいてもおかしくないだろうか。
「ありがとうございます。桜さん、橘さん」
感謝の言葉を述べると、二人は顔を見合わせた。
「なんですか。その口の利き方は」
心外と言わんばかりの言葉に胸が軋む。
半ば心が麻痺したような状態でなんとかここまでやってきたけれど、とうとう耐えきれず目をつぶる。暗闇の中で溢れ出そうな涙を堪えていると、両手にあたたかいものが触れた。
「私達は龍神様に仕える身。その龍神様の花嫁であらせられるあなた様に、そのような口を利かれては困ります」
「桜とお呼びくださいませ、みのり様」
「橘とお呼びくたさいませ、みのり様」
従者というものは主に似るものなのだろうか。
私は二人の手を握り返した。
「……うん。ありがとう。桜、橘」
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