理想の世界への誘い

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 安井は小さな会社に勤めている。洗剤などの生活用品を販売する会社だ。従業員の数は五十人弱。そこで営業マンとして真面目に勤めてきた。得意先に言われるがまま価格を下げ、上司には逆らうことなく、気がつけば三十歳を過ぎていた。  そんな彼が、ついにキレるような事件が起こった。  それはひと月前にさかのぼる。  一緒に暮らしていた花音(かのん)が死んだ。家にいるときは安井の(そば)から離れず、寄り添い合って過ごしてきたのに。  とつぜんだった。仕事から帰ると部屋の中央で花音はすでに冷たくなっていた。  翌朝を迎えるまで何も手につかず、取り急ぎ会社に連絡し、しばらく休みたいと申し出た。上司がうだうだ言っていたが、一方的に電話を切った。仕事に出られるような状態ではなかった。  しばらくぶりに出社した安井は絶望することになった。  忌引きは有給休暇がもらえるものと思っていたのに、会社からは欠勤として処理すると伝えられたのだ。 「なんでだよ」  あまりの理不尽さに安井は声を荒げた。 「だからぁ、さっきから言ってますよね。ペットは対象外です。花音ってウサギでしょ」  事務員はいい加減にしてくれと言わんばかりに吐き捨てた。 「花音はペットじゃない。家族だ」 「一親等までです。ウサギはどこに入るんですか」 「くっ」  愛する花音が死んだというのにお悔みの言葉もなく、それどころか欠勤扱いにして給料までカットするなんて。  どうにかその場では感情を抑え、安井は静かにキレた。  こんな会社に尽くすことはない。  会社に一矢を報いたい。その思いで内部告発したのだ。
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