理想の世界への誘い

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 はっとして目を開けた。眩しい光の中に安井は包まれていた。  ここはどこだ。あの世か。  体を起こしそうとして驚いた。  軽い。  それもそのはずだった。安井は宙に浮いていた。下を見ると、ヘルメットを被った安井が仰向けになって転がっている。  例の店の中だ。しかしケガをしているようには見えない。 「お客さん」  店長が安井の肩を揺すっている。が、目を覚まさない。それはそうだろう。ここに浮かんでいるのだから。  どうやら安井は幽体離脱しているようだ。 「うまくいったみたいだな」  そこに屈強そうな男たちが入ってきた。ぞろぞろと入る男たちはみなダークスーツに身を包んでいる。 「楽勝っす。睡眠薬をたっぷり入れたお茶を飲んでるから。いまごろ夢の中っす」  店長がニヤリと笑う。 「なんだ不健康そうな男だな。これじゃあまり金は出せんな。おいっ」  ひときわ貫禄のある男が、後ろを振り返り、顎をしゃくった。 「はい。ボス」  若い男がさっとジュラルミンケースをカウンターに置き、パカッと開く。  中には帯封された札束がぎっしり詰まっていた。 「ほらよ」  ボスと呼ばれた男が無造作に札束をひとつ掴むと店長に投げた。 「え、これだけっすか。もうちょっともらえませんか。うちには幼い娘がいるんすよ。これじゃ少なすぎるっすよ」 「百万が少ないって言うんなら、おめえの体を買ってやるぜ」  ボスが低い声で笑う。 「ひええ。それだけはご勘弁を」  店長は青ざめ、札束を握りしめる。  ガハハ。ボスは豪快な笑い声を残し、部屋から出ていった。それを合図に男たちが安井の体をブルーシートに包みはじめる。  これはいかん。きっと人身売買だ。  連中の狙いは安井の内臓に違いない。いくらどうでもいい人生だったとはいえ、こんな輩どものために身を犠牲することはない。 「やめろ。その体は俺のものだ。勝手なことは許さん」といくら声を限りに叫んでも連中には届かない。  あっという間に安井の体はシートに包まれた。  このままだと安井の体は闇ルートに渡されてしまうだろう。  もはや絶体絶命のピンチ。  連中が安井の体を抱え上げる。それを見た店長が叫んだ。 「待て、おまえら」  さっきまでの青ざめた表情とは明らかに違う。まるで別人のように凛々しい顔つきに変わっている。 「はあ? なんだおまえ。さっきボスから言われたこと忘れたんか」  男たちが凄んだときだ。 「動くな」という声とともにこれまたスーツ姿の男たちが現われた。男たちの手には拳銃が握られている。 「警察だ」  なんと警察が張り込んでいたのだ。 「おまえらのボスも一緒だ」  部屋を先に出たボスが手錠をされて連れてこられた。それですっかり連中は意気消沈したらしく、その場に安井を包んだシートを放り投げた。  あいたた。安井は幽体ながら自分の体が気になった。
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