海に行きたい

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 連日の会社勤め、サービス残業、胸詰まる日々。  社畜と呼ばれる人種の私は日々ストレスを抱え生きている。それはもう、掘った穴に罵詈雑言を注いでも解消しきれない程度である。  久々に休暇が取得できた。なにか気晴らしがしたい!こんな時は鎌倉に行くに限る。  神奈川県川崎市在住の私にとって、鎌倉は近くもないが遠くもない。日帰りが可能で適度に非日常を感じられる絶好のスポットだ。    早起きして朝から横須賀線に乗る。昨日までの疲れもあるが、朝食を抜いたこともあり燃えカス状態で一時間弱電車に揺られた。  まずは鎌倉で人気のカフェへ。いつも人気でお昼には行列ができるお店なので、私はいつも朝一番にここを訪れることにしている。思惑通り並ばず入ることができた。ほくほくしながら案内された席に座る。  革張りの茶色いソファに天井から釣り下がるライト。タイル張りの壁とレトロな雰囲気が満載の空間にアラサー女が一人。いいじゃん、いいじゃん。井之頭五郎になった気分で店内を見渡す。  店内からはこじゃれた庭が覗ける。狭くもよく手入れされている空間を、横目に出されたコーヒーを啜る。なんて優雅なひと時。コーヒーがこれまたおいしくて空腹の胃袋を刺激した。  ようやくメインに頼んだパンケーキが登場。ふわふわに焼けた分厚い生地は、定番のバターとメープルシロップでシンプルに頂く。一見重たそうに見えるケーキが一瞬で胃袋の中に消えていった。ありがとう、パンケーキ。すっかりザオラルに成功したようだ。    朝ごはんの後は上機嫌で小町通りを歩く。観光客で賑わう通りはいつ来てもどんな天気でも活気がある。外国人観光客や修学旅行客など来る人も様々。みんな食べ歩きしたり写真を撮ったり、これでもかとばかりに鎌倉を満喫しているようだ。  小町通りを過ぎれば鶴岡八幡宮の大きな鳥居が現れた。妹がここで結婚式を挙げてから、鎌倉を訪れたら必ずここにお参りすることにしている。妹は将来の計画もお金もなく、ただ行き当たりばったりで勢いよく結婚したが、今は二人の子どもに恵まれ、旦那の実家がある長野に一戸建てを建てて住んでいる。シンプルに幸せな暮らしをしてるのだから、確実にご利益があると言っていいかもしれない。    鶴岡八幡宮はおみくじで凶が出ることで有名だ。凶を引いてしまったら、そのおみくじを「凶運おみくじ納め箱」という箱に収めて箱の上に立つの矢を握らなければならない。これで”凶運”は”強運”に変わるのだとか。悪い結果もフォローできる良いシステムではあるが、矢を握っていれば周りの人から凶を引いたことがばれてしまうという、ちょっと恥ずかしいデメリットもある。  私は中吉を引いた。悪くない結果だ。仕事運は「流れに任せよ」とのことである。それは今後も今の会社でなすすべなく残業してろってことかい?と少しがっかりした気分でいると、横にいたカップルが仲良く凶運を納める矢を握っていた。二人して凶を引いたようだ。アーメン。  だけど、二人仲良く同じ結果だなんて、絶対に悪い結果じゃないよなあ。どちらかといったら息ぴったりの二人なのかも、と思ったり。  ふと、海が見たいと思った。  江ノ電に乗って江ノ島を目指す。江ノ島のホテルにはスパ施設があり、景色を一望しながら温泉に入ることができる。  熱い湯船と通常の湯船。そして炭酸泉。体が火照ってきたら冷水でクールダウンもできる。人はなぜこうも温泉が好きなのだろうと考えてしまう。暖かいし気持ちいいし、嫌なこともすべて忘れさせてくれる。  ホテルには温泉以外にもプールや洞窟エリアがあるみたいだ。今度行ってみたいな。ひとりだと入りづらいから、誰かと。    温泉の後、少し遅めのランチにしようと周辺を歩いた。江ノ島には海鮮丼が食べられる定食屋がいくつかある。ふらりと立ち寄った定食屋は入口に生簀があり、様々な魚が泳いでいる。彼らの将来の身を案じながらもかなり奮発しようと、豪華な海鮮丼を注文。ビールを添えて。  先に出されたビールを飲みながらたまらんなあと満ち足りた思いになる。これがなければやってられない、なんておっさんのようなことを考えた。  アルコールが入って少しふわふわしながら、江ノ島大橋を歩いた。海でボートやサップを楽しむ人々、路上でなにやら手作りアクセサリーや似顔絵を売る人々など橋からいろんな人の営みを通り過ぎる。彼らから見れば、私も彼らの中の”通り過ぎていくいろんな人”の一人なのだろう。  橋を渡り切って砂浜へ降りる。江ノ島の海と砂浜は、お世辞にも綺麗とは言い難い。浜辺に散乱するごみと濁った海水。道路の方を向けばまき散らされる車の排気ガス。砂浜で遊ぶ人々はそんなこと、なにひとつ気にしていないのか、浮かれた水着姿で海を楽しんでいる。  どうしてこう、衛生的にいまいちなところで騒げるのだろうか。疑問に思いながらも、自分もこうして休日にわざわざこの場所に来ているわけで。海にはそんないまいちな部分も飲み込んでしまうような、形容しがたい魅力があるのだろう。  なんだかんだで目を閉じれば波の音が心地よく、座り込んだ砂浜に吹き付ける潮風が優しく髪を撫でる。ヘッドホンをつけて尾崎豊を聞く。大好きなホットロードという映画の気分に浸る。  帰りたくないなあ、と思う。もうホテルに泊まりたい。  帰りの東海道線に揺られながら、また来ようと思った。  次はひとりもいいけど、誰かと一緒がいいなあ。
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