義父の訪ね

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義父の訪ね

 黄金に染まった銀杏や紅に染まる紅葉。  青々としていた草々はあっという間に枯れ、春とはまた違う色に染まる四季の庭。  移りゆく季節の寂寥感というものを感じ入りながら、私は牛とのんびりとした日々を過ごす。  歳神様と過ごすこの暦姫としてのお役目も、とうに半分を過ぎていた。私が現実に戻る時間も、刻一刻と迫ってくる。  その事実がどうしても惜しくて、私は心ここにあらずとでも言うように、日がな一日ぼんやりと歳神様である牛を眺めて過ごす時間が増えた。  今もまた、つい手を止めて牛を見つめていたようで。 『私の暦姫? 食べないのですか? 今年は貴女が特に四季の庭の手入れに力を入れてくれたおかげか、下界の実りも豊かであったそうですよ。この供物もその感謝の気持ちなのですから、きちんといただかなくては』 「あ、ごめんなさい」  私は目の前に差し出されていた食物たちへと意識を向ける。  四季の庭にある四阿に並べられたそれらは、下界から饗された供物だ。  秋の豊穣を神官たちによって調理された膳の品々は歳神様へのもてなしの一つとして、私が供奉するという流れが今回の豊穣の儀なのだそう。  今までも季節折々にこういった儀式めいたおもてなしがあったけれど、その実態を思えばただ単に歳神様である牛と楽しくご飯をするのがほとんどだったので特に緊張することもなく過ごしていた。  そんな食事の最中に気をそらした私が悪いので、私は素直に牛に謝ると再び箸をとり食事を進める。 「この魚の甘露煮、すごく美味しいです」 『ふふふ、私の暦姫、こちらの(ちまき)も美味しいですよ』  この半年と少し過ごしてきて分かったのは、牛は自分で食べること以上に私が食事をするのを見るのが好きだということ。だから私は牛に食べさせつつも、横に膳を並べて食事を共にするようになった。 「美味しいですね。来年も皆、美味しいものが食べれるといいですね」 『そうですね。来年の暦姫に期待しましょう』  私たちの間を、秋の少しだけ冷えた風が吹き抜けていく。  銀杏の葉が一枚、食膳を彩るように、私の茶器へとすべり落ちた。  ◇  それは唐突な事だった。  夏の手紙を最後に、実父からの手紙が届かなくなって久しくなった頃、私を訪ねて千載府まで来た者がいるという。  いったい誰がと首を捻っていたら、私の養父だった。  源順様はあまり良い顔をしなかったけれど、別れも何も言えずに人拐いに遭うかのように別れてしまったので、せっかく会いに来てくれた養父に何のもてなしもしないで返すのは徳の心に反するから会わせてほしいと懇願した。  養父は千載府の奥宮には入れないし、暦姫としてのお勤めを果たさないといけない私は対面では会えない。  それでも千載府でもっとも門に近い宮にある部屋に衝立をするのであれば、と許可をもらえたので私はその通りにして養父に会った。  まぁそれも人払いをしてしまえば、衝立なんてものは無視できてしまうので。 「義父(とう)さん! どうしてここに来たの!」 「飛燕! 良かった、無事だな」  神官たちを追い出した私は、養父に抱きつくようにして衝立から飛び出した。  私が連れ去られてからもうすぐ一年経つ。その間にすっかり老け込んでしまった養父のくたびれた姿に、私は随分心配をかけてしまったことを知った。  私が抱きつくよりも早く、床に崩れるように膝をついた養父に吃驚して、私も膝をついて養父の顔を覗く。 「ずっと探していたんだ。蔡家の主人がお前を連れ去ったのにはすぐに分かった。何故今更と思って調べたら、蔡家の姫が今年の暦姫に選ばれ、お前が人身御供にされたのだと気づいて、どれほど己の無力を嘆いたか……。蔡家の奥方様にお前を託されたというのに、なんとも情けない……。でもお前が無事で本当に良かった」  嘆くように言葉を絞り出す養父に、私はとんでもないと首を振る。 「義父さん、人身御供だなんて。そりゃ最初はあの鬼畜の扱いに死にそうになったけど、でも大丈夫よ。安心して。ほら、私こんなに綺麗な服を着せてもらって、美味しいご飯を食べさせてもらえてるのよ」 「ああ、確かに綺麗な服だ。それに体つきも村にいた時よりふっくらして健康的に見える。ああ、本当に無事で良かった」  私が今の生活に満足していることを告げれば、養父はほんの少しだけ表情を弛めて、私に繰り返し無事を喜ぶ言葉をかけてくれた。  ようやく落ち着いた養父を立たせて、私も立ち上がると、養父は真面目な顔になる。 「飛燕や、よく聞くように。蔡家のあ奴からの言葉だ。今年の最後の朔日に迎えを寄越すそうだ。そうしたらお前は妹姫と入れ替われる。お役目もそこまででいいそうだから、残りの三ヶ月、どうか無事に過ごしてほしい」 「入れ替わる……? どうして今更? もうここまで来たら、私は最後までお役目を果たすわよ」 「いや、実質最後のひと月は歳神様の交代の儀があって、暦姫は朔の日に千載府から降りる。そして最後のひと月は皇宮で過ごすらしい。お前、貴族のふりができるか?」 「……それは、できないわね」 「そうだろう。だから身代わりは残りの三ヶ月で良いんだ。あ奴からもそれでいいと言質を取っている。あ奴のもとにいてもろくなことにはならん。さっさとおさらばして、村に帰ろう」 「そう、ね」  饒舌に言い募る養父に戸惑いながらも、私は頷く。  あと三ヶ月。  良かったと安堵するよりも、私は一年あると思っていた歳神様との日常は、一年なかったことが残念に思えてならなかった。  本当はもっと歳神様との緩やかな生活をしたかった。  でも偽物の私がそんな贅沢を望むことはできないし、本来あるべき姿に戻すというのなら、それが一番に思えてならなかった。  でも。 「……義父さん、私、やっぱり最後までお勤めを果たしたいわ」 「なんだって! どうして、もうお前は立派に義理を果たしたろう」 「私が本当の暦姫なのよ。歳神様がそう言ったの。ならば私がきちんと最後までお役目を果たさなくちゃ」 「だが、お前……」 「それにね、最後まで立派にお勤めを果たせたら、歳神様からのご褒美をいただけるのよ。そのご褒美でね、村を豊かにしてもらうの。私たちの村だけじゃない、国中に豊かな実りがゆき渡るようにお願いするつもり」  何かを言おうとした養父を遮って、私は胸の内を正直に吐き出した。あまり心配をかけたくなくて茶化すように言ってみる。 「だから、あの冷血漢の言うことなんて聞かないわ。義父さんも、私のことは無視して逃げて頂戴。どうせあの鬼畜は私が言うことを聞かなければ、義父さんを人質に取るくらいしそうだし、私も来年にはどうなるか分かんないし」 「そこまで分かっているなら、どうして」 「私がそうしたいの。歳神様の側ってすごく心地良いのよ。このご恩に報いるために、私は誠意を込めてお仕えしたいし、ご褒美をもらえればこれまで育ててくれた義父さんに親孝行もできるじゃないかなって。だからごめんね、義父さん。私、義父さんの言うこと聞けない」  私の主張は養父には到底受け入れがたいもののようで、目を見張り、情けなく眉を垂れ下げて食い下がる。 「……今、義父の言うことを聞くことが孝行になると言ってもか?」 「それより大きな孝行になるんだもの。義父さんだけじゃなくて、私を育ててくれた村の人たちにも恩返しできるんだから、こんな機会逃しちゃ損でしょ? だから、ね」  頑なに養父の言葉を断れば、最後には項垂れながらも養父は私の言葉に理解を示してくれた。 「……お前が納得するならとことんやりなさい。だが、危ないと思ったらすぐに逃げるんだ。あの男は、何をするのか得体の知れないところがあるからね」 「分かった。義父さんこそ気をつけてね」 「なぁに、これでも昔はお前の本当の母親の護衛をしていたんだ。今だって腕は衰えておらんよ」 「あら、初耳だわ。それは頼もしいわね」 「だろう?」  くすくすと私が笑えば、養父も表情を弛めた。
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