その後

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その後

その後、広瀬の願い通り捜索隊が編成されたが、呪いの家(廣田家)をはじめとする診療所や周辺の山や山荘、それに廃村までもが捜索対象になった。 山中では以前行方不明となった女性の頭蓋骨の一部が見つかったが、松田は行方不明のまま。 地下室を調査していた警察官が全員体調不良を訴えたため、危険と判断されて早期に引き上げられた。 あの時、広瀬や広瀬に兄のもとに駆け付けた二人の警察官は、数日後に不可解な事故と病で亡くなっていた。 警察が診療所の裏庭にある古井戸を調べてみると、底にこびりついた赤黒い泥やヘドロから複数の胎児の小さな骨が見つかった。 それらの小さな骨は、近くの寺院にて供養された。 地下室の扉には新しい札が貼られ、再び封印された。それは捜索隊の中に、監禁事件のことを覚えていた警察官がおり、その者が依頼したという。 広瀬は兄によって強制的にお祓いに連れていかれた。 その甲斐もあってか、広瀬は三日間の高熱だけで済んだ。 広瀬の兄は、幻聴で赤ん坊の泣き声に悩まされたが、命を脅かされるほどではなかった。 あの日の帰り、広瀬は警察官の一人と松田家を訪れ、松田が行方不明になったことを家族に伝えた。松田のリュックを渡すと、広瀬は頭を下げて謝罪した。 両親も茜も、理解が追い付かない様子で唖然としていた。 広瀬はリュックの中から、松田が茜のためにお土産として買ったうさぎのぬいぐるみキーホルダーを取り出すと、それを見た茜はポロポロと涙を流して泣いた。 その日以来、茜は笑顔を失い、部屋に引き籠るようになってしまった。 家族や広瀬の願いも空しく、松田は見つからないまま捜索は打ち切られた。 数日経ったある日、食事を運んできた母親が茜の部屋に入ると、茜は膝を抱えたまま砂嵐が映るテレビをずっと見つめていた。 何をしているのか、と母親が尋ねると、 「時々、お兄が映るの」 そう言って、茜は笑みを浮かべた。 母親は茜を心配し、病院に連れていこうとした。 だが、茜はその翌日に自室のベッドの上で亡くなっていた。目を見開き、悲痛な表情を浮かべていた。首には鎖の痕があったが時間とともに消えた。 茜の枕元にはうさぎのぬいぐるみキーホルダーがあり、壁には黒いシミが広がっていた。 茜の両親は殺人容疑で疑われた。容疑はすぐに晴れたが、それによって父親は仕事をクビになり、母親は心を病んで引き籠るようになった。 明るかった松田家が、今では暗い影を落としていた。あの映画に出会わなければ、今も変わらず幸せな日常を送っていただろう。 おばけ横丁 その商店街には小さな横丁がある。 明るい表通りにはたくさんの店が並び、買い物客でいつも賑わっている。 一方、小道を挟んだ先にある横丁は、薄暗くて人気がほとんどない。 通称、おばけ横丁と呼ばれている。 おばけ横丁に並ぶ店の店主はみんな変わり者。店を開けるも閉めるも気分次第。 そして、そのおばけ横丁に来るのは物好きな連中だけ。 そんなおばけ横丁に、一人の客がやってきた。島田という年配の男。小脇にポーチを抱え、パジャマ姿で草履を引っ掛けている。 居酒屋を通り過ぎ、向かうのはレンタルビデオ屋。視線の先には、今にも切れそうなレンタルビデオ屋の看板が点滅している。 レンタルビデオ屋のシャッターは閉まっている。それを見て、島田は眉にしわを寄せた。 すると、シャッターがガラガラと音を立てながら開き、中から店主の男が出て来た。 店主は島田と目が合うと笑顔で挨拶をした。 「島田さんじゃない。こんにちは」 島田は困ったように店主に話しかけた。 「店長、どうしたのよ。一ヶ月も店開けないなんて、さすがにひどいんじゃないの?」 「あー、悪かったね。実は上さんに謝罪旅行をさせられていたんだよ」 「一体、何をしたんだい」 「ちょっとね。お姉ちゃんと遊んでいるのがばれちゃって」 「まったく。店がずっと閉まっていたから、借りていたDVDが返せなくて困ったよ」 「返却ボックスに突っ込んでおいてくれたらよかったのに」 「どこにあるんだい?」 店主が店の前を探すも返却ボックスは見当たらず、店の隅に置かれていた。 「そうだ。中にゴミを入れる輩がいて、一時的に店の中に入れていたのをすっかり忘れていた」 「それじゃ困るよ。大幅に返却期限過ぎちゃったよ」 「あぁ、返却期限なんてあってないようなものだから気にしないでよ。それに、返却されなくても、中にはちゃんと戻って来るものもあるんですよ。すごいでしょ」 「なんだいそりゃ。犬じゃあるまいし」 「ハハハ。それより、旅行先で面白そうな作品をいくつか手に入れたんですよ」 「俺の好きそうなものはあるかい?」 「ありますよ! それはもうすごいやつが」 店主と島田が店の中に入っていく。 店主はバックヤードから薄いケースを四本と汚れたビデオテープを一本持ってきた。 ケースの中には名前だけが書かれたディスクが入っている。それは、見たこともない映画タイトルと卑猥なタイトルだった。ビデオテープには、「黒い街」という付箋が貼られていた。 島田は卑猥なDVDを興味深そうに手に取った。 「これを借りようかな」 「ありがとうございます」 店主は徐に付箋がついたビデオテープをカウンターの下に置いた。 「今のは、どんな映画なんだい?」 「ホラー映画らしいです。俺は見てないんですけどね、そういうの好きな人いるでしょ?」 「俺は、ホラーには興味ないね」 「そうでしょう、そうでしょう。触らぬ神にってやつです。あとでバイト君にダビング頼まないと」 店主は島田からレンタルDVDを受け取り、代わりに仕入れて来た卑猥なDVDを手渡した。 島田は上機嫌に帰っていった。 店には返却の問い合わせの電話が鳴り響き、数名の常連がDVDを返却しにやってきた。 店主が貸出状況を確認すると、未返却の客がまだ数人残っていたが、店主はさほど気にしていなかった。 ただ、「山荘の惨劇」のタイトルと未返却の文字を見て、店主は登録されている番号に電話をかけた。 それは加地の電話番号。 『お掛けになった番号は、現在使われておりません』 電話を切った店主は、しばし沈黙した後で店の奥に向かった。 そこはホラー映画のコーナー。その一角には「呪いのDVD」と書かれたプレートがあり、DVDのパッケージが五本ほど並んでいた。 そこには、レンタル中のプレートがついた「山荘の惨劇」のパッケージが並んでいた。 店主がDVDのケースを引き抜いた。本来であれば貸し出し中で空っぽのはずだった。 だが、店主がケースを開くと、そこにはタイトルだけのくすんだDVDディスクが入っていた。 「やっぱり、戻って来た」 そう呟くと、店主は「レンタル中」のプレートをはずし元の場所に置いた。 そして、店主は何食わぬ顔をしてレジカウンターに戻ったのだった。 商店街のおばけ横丁には、呪いのDVDが置いてあるレンタルビデオ屋があるという。 見れば呪われ、惨い死が訪れる。
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