10月①

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「こちらの用紙に必要事項を書いて提出して下さい。」 そんなことを思いながらいつものように淡々とした口調で説明をし、入校希望の彼に用紙を差し出した。 「何かご不明な点がございましたら──…、」 「──名前。」 「…はい?」   まだお決まり文句を最後まで話していないのに、彼の呟くような言葉で遮られ、あたしは思わず顔を上げた。 「だから、不明なのはオネエサンの名前。」 「──は?」 受付カウンターに身を乗り出すように重心を掛け、口角を持ち上げながら不敵な笑みを浮かべる彼。 何を言っているのか理解出来ないあたしは、自然と眉間に皺が寄った。 「金沢さんって、下の名前なんていうの?」 どうしてあたしの苗字を知っているのだろうと一瞬思ったけれど、その疑問は彼があたしの胸元に視線を向けていたことにより解決した。
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