きみに首ったけ

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 炎天下からガレージに入ると涼しく感じた。大きな木の陰にあるせいなのだろう。汗が引いていくのがわかる。くたびれた扇風機が辺りの空気をかき回している。 「アイス買ってきたよ」 「サンキュ。そこに置いといてくれ」 「早く食べないと溶けちゃう」 「ああ。そりゃそうだな。そこのスパナを取ってくれないか」  開けたボンネットの中に突っ込んだ頭は振り向きもしない。Tシャツの背中に汗が滲んでいる。 「だから溶けちゃうって。せっかく買ってきたんだから」  テーブルの上のスパナを彼に渡す。汚れたボルトやら何に使うのかわからない工具類が散らばった作業テーブルは、あちこち凹んで傷だらけだ。  オイルの匂いと酸っぱいような草いきれの匂い。唐突にすぐ近くでミーンミーンと蝉が鳴き出した。 「まだまだ夏だね」 「そうだな」 「アイス食べようよ」 「なあナツミ。こんな男と付き合っててつまらなくないか」 「えっ」 「休みの日は古臭い車をいじってばっかでさ。ろくにデートもしない男なんてつまらないだろう」 「そのミニ・クーパーのレストアが終わったらドライブに連れて行ってくれるんだよね」 「ああきっとだ。それからな。クーパーモデルじゃない。こいつはオリジナルのミニなんだ。オースティンの…」  いつもの彼のレクチャーが始まる。相変わらずミニとミニ・クーパーの違いはよくわからないけれど、英国生まれのその小さなかわいらしい車の歴史に関しては、車なんかに興味が無いナツミでさえ、彼の口から何度も聞いたから覚えてしまった。 「なあ。車とわたしとどっちが大切なのとかって聞かないのか?」 「え…うん」 「女ってさ。よくそういうこと聞くって…」 「だって好きななんでしょ。そのミニ・クーパーが」 「あ、ああ」 「じゃあそれでいいじゃない」 「そうか?それならいいけど」 「それで、いつそのミニクーパーでドライブへ連れて行ってくれるの」 「クーパーじゃないって。そうだな。夏…かな」 「ねえ。それっていったい、いつの夏のこと?」  すでに夏じゃないかとナツミは思う。もうとっくに夏は来ている。というかもうすぐ終わってしまう。  すると彼は、ちょっと気取った口調でこう言った。 「いつかの夏さ」  𝑭𝒊𝒏  
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