2人が本棚に入れています
本棚に追加
家の前に到着し、リュックの中から黒いジャケットを取り出す。
ジャケットの中に向日葵の花束をしのばせ、袖に隠したクラッカーの紐を花束に結びつける。
花束を取り出すと、紐が引っ張られ、袖の中からクラッカーが飛び出すという仕組みだ。
簡単そうな仕掛けだが、実際にやってみると、クラッカーが上手く飛び出さなかったりと案外難しかった。
私は深呼吸をしながら仕掛けを用意して、真夏日にジャケットを羽織る。
手品は真夏日にするものじゃない。
新たな学びを得ながら、半ば救いを求めるように汗だくの手でインターホンを押した。
ドアの向こうで足音が大きくなり、影が次第に濃くなっていく。
ドアがゆっくりと開き、色白の奏翔くんがひょっこり顔を出した。
「お誕生日おめでとう!」
お祝いの言葉と共に、ジャケットの中から勢いよく花束を取り出した。
花束がジャケットに擦れる音に驚きながらも、クラッカーの破裂音に備えて、ぎゅっと目を瞑る。
騒がしかった蝉の鳴き声が一瞬、ピタリと止んだ。
夏の午後の静かな住宅街が、世紀末のように一気に静まり返る。
自分の鼓動だけが、異様にうるさい。
あれ……クラッカーが鳴らない。
恐る恐る目を開いた。
地面には勢いをつけすぎたせいで無様に散った向日葵の花束の残骸と、不発のクラッカーが転がっている。
お祝いとは程遠い、悲惨な光景が広がっていた。
頭の中が真っ白になり、呼吸も止まる。
私の失敗を面白がるように、蝉が一斉に鳴き始めた。
このまま太陽に焼かれて、蒸発してしまいたかった。
「ごめん。誕生日、台無しにしちゃった」
耐えきれず、彼から目を逸らす。
アホな先生だと、呆れているに違いない。
誰よりも喜ばせてあげたかったのに、悲しませてしまった……
「台無しじゃないです」
頭上から奏翔くんの温かい声が降り注ぎ、ゆっくりと顔を上げる。
私をまっすぐに見つめて、彼が向日葵のようにニッコリ笑った。
「光葉先生に会えたので、僕の誕生日は最高の日です」
彼の口から飛び出した言葉が、クラッカーのように私の心でキラキラと弾けた。
その眩しい光の粒に、「これは何だ!」と心臓が激しく騒ぎ出す。
奏翔くんがイタズラをする子供のように可愛く笑って言った。
「サプライズ、大成功!」
最初のコメントを投稿しよう!