二回目

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二回目

「やめろお……あ? 俺生きてる?」  いつの間にか俺は部屋のベットで寝ていた。あれは夢? Tシャツもズボンも、それどころか全身が汗でぐっしょりと濡れている。 (血塗れになるよりはマシか。なんてな)  あのピエロのお面と怪しげなバリトンボイスが、脳にこびり付いて離れない。  現実の出来事のような痛みや本能的な恐怖が、俺の中の危険信号を真っ赤に点滅させ、脳内では警告音が鳴り止まない。  チェストに置いた時計に手を伸ばす。八月二十二日火曜日、午前五時五十五分。  とても二度寝する気になれなかった俺は、顔を洗おうと洗面所に向かった。  待て、鏡に……ってことは? 躊躇するも、腹をくくって顔を上げる。そこに映るのは、間違いなく俺だ。洗面台の蛇口から一粒の雫が零れ落ちる。  所詮、夢は夢か。弱々しい溜め息をついて安堵した時、何処かから乾いた音がする。煎餅を真っ二つに割るときの「パリッ」という音に似ていた。  俺は危機感を覚えると、鏡から速攻顔を背けた。絶対に俺が立てた音ではない。  警告音がけたたましく響き、視界は赤く点滅する。俺の本能が前を向いては駄目だと告げるのに、為す術もなく向こう側に視線をやる。  俺の右頬が透明な粘り気のある液体でベトベトだ。人差し指で触れてみると、気味の悪い液体が手に纏わり付いてきた。 「うえっ、気持ち悪い」  手と顔に付着したその液体を、急いで大量の水で洗い流すと、タオルで顔を拭う。  ……無意識に鏡を見ると、俺の口元にヒビが入っていた。そこからパリパリパリパリ、と音を立て、俺は細々とした欠片になってゆく。次第に手から腕、終いには頭までが崩れ落ち、破片が床に叩き付けられた。  俺はもう居ないのに視界が良好なのは、これも夢だからか。そう解ったとき、またピエロの声がした。 『もう少し待ってくれ』  そこで俺はようやく気が付いた。散らばった「俺だったもの」の欠片がジグソーパズルのように繋がり、あのピエロの顔を生成していることに。
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