01. 人知れず滅んだ村

1/4
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ

01. 人知れず滅んだ村

 かつて赤子であった男が成長していく様子を、彼女はずっと見守ってきた。  やんちゃで元気な幼少期、友達とよく喧嘩をしては周りを困らせた少年期、そして一世一代の大恋愛をして無事に綺麗なお嫁さんをもらって、子供にも恵まれた青年期──それを、彼女はずっとそばで眺めてきたのだ。  彼だけではない。彼の父のことも、祖父のことも、彼女はおんなじように見守ってきた。たとえ百年経とうとも、彼女はまったく変わらないから。  けれど、彼女以外の人間はすぐに変化する。人間だけではなく、この世界そのものが移ろいやすい。彼女から見れば、すべてが儚く脆いものだ。 「行くんだルツ。あの子を連れて、どこか遠くで幸せに生きろ」  床についていた男が、扉の向こうからこちらの様子を窺っている自分の一人息子をルツに託してきた。村を壊滅させた流行病(はやりやまい)の最後の罹患者が彼であり、他はみんな死に絶えた。もうこの村には誰もいない。十日足らずの出来事だった。  山間部にある小さな村。若者の多くは他の村や大きな町に移り住み、高齢者が多かったこの村で流行病が起きてしまったのが、すべての始まりであり、終わりでもあった。  一人、また一人と倒れていき、決して感染しないルツが看病して回っていたけれど、体力のない者から次々と命を落としていった。そして、自分は若いから大丈夫だと村人たちを看病して回っていた男も最後に倒れ、その命もじきに尽きる。 「頼む。お前にしかあの子を託せない。この場を生き残れるとしたらお前しかいないんだ」  確かにルツは流行病などでは死なない。たとえ最後までここに留まっていようと、ルツだけは死なないだろう。  けれど病が蔓延したこの村から出ない限り、感染を免れた彼の息子は確実に死ぬ。この幼子がまだ生きているのは、村人たちが早期にこの子だけは隔離して守るようルツに頼んだからだった。この子を助けるためには、ルツがこの子を抱えて村を出るしか道はない。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!