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 目覚めて直ぐに感じた事は、Fの夢はやっぱり完璧だったという事。  創作は、創作であればこそ完璧なのだ。  ああ、何という優しい未来だろう。何という明るい未来だろう。  虚構であればこそ優しい未来。  空想だからこそ煌めく未来。  隣の芝は青くみえる、愛おしい未来。  Fが提供してくれる安寧な世界に没頭するのが私の生活。あとはそれ程多くない、仕事の事、家事の事、それくらい。それくらいだった。 「……っふっ……ふへへへへ……」  身体を確認する。どこも欠けてない。  余りにも理不尽だ。とても不条理だ。  どうして漫画みたいに、なるべくしてならない。  生き残ってしまった。幸福を掴めた。  スコシでないフシギ。  Fと、仕事と、家事。  どれひとつとして、捨てずにいられた。 「……んぅ…」  傍らにいたA派も、くぐもった声をあげて身体を起こす。一見して傷もなくコイツも元気そうである。 「……いきてる」 「おう、儲けたな」 「うん。キスもできたし、どさくさまぎれに胸も揉めた」 「マジかオマエ最悪だな」 「それくらいしないで死ねないよ」  ミライのタマゴに『この人だけは救ってくれろ』と、決して頼みはしなかったコイツも結局、一緒にいたいだけの、独占欲に過ぎないのだ。  方正からは程遠い、みっともないくらい幸福が優先。 「でも正直服の上からだと感触も実感もないね。パン齧ったらクリームまで届かなかった気分で死ぬところだった」 「あははははは!バーカバーカ!」  現実は雑で、奇妙で、隙間だらけだ。  理由も知らされず助かってやんの。  意味も分からず死なないでやんの。 「きみはじつにばかだな!あははははは!」 「僕は……ずっとこのまま、踊っていれたらって願ってた」 「叶ったのかもな!何か奪われたか!?」 「こ、こころ」 「オマエいい加減にしとけよ」  そういえば一緒に踊ってたミライジンは、きれいさっぱり消滅している。  多分アレは私のお願いで出てきたんだろう。 『アイシテル、コンナキモチハジメテ、モウスキニシテ』  あの時、確かに私は『ミライのタマゴ』を持っていた。今考えるとゾッとする。下手な事言ってたら要介護になるのは私の方だったのだから。  それにしても、ミライジンが好きにした結果が、私達を守る事だったのが釈然としない。 「ふーむ……?」 「ねぇ、たのむよ」  腕を組み考えていると、A派がよたよたと近付いてきて、私の両肩を掴み膝をつく。 「ぼ、ぼくぼぼ、僕とけ…… ズッパアアアアアアアアアアアア!!! ……ろん一番じゃなくっていいんだ」  A派が何か言ったのと同時に、街の向こうで光の柱が立ち上がる。 「一番じゃなくていい。え、FとAの関係でいい。もしも君にとっての治氏がいるなら、お、おお、治氏がいても嫉妬したりしない。約束する。あ、へへ、ぼ、僕は君の補助。功績も全部君にあげる。き、君の側にただいれたら、そ、それで十分。ほっ、ほっ、ほほ、本音の本音で、き、君以外考えられない」  肝心なところはまるで聞こえず、惨めったらしい文言だけ延々と続けているので正直なんの感情も湧かないが、流石に悪いので一応顔は背けず、私は光の柱を目だけで確認する。 「ごめん。ご、ごめんなさっ、こっ、こうふんしっ、してるんだ。まっかだろ?か、かお。電熱器み、みたいだ。で、でもめっ、女神だ。き、ききっ、君より魅力的な人間なっ、なんてっ…………この先、きっと……みつからないよ……」  光の中を、人の形をしたミライジンが自身も発光しながら空に上がっていく。凝視できないから確かではないが体型は女の子のそれである。 「ぜんぶ……全部だ。全部捧げる。絶対偉くなるから。それ、全部あげるから…」  そうか、私はやはりモブキャラに過ぎず、登場人物の中に加えて貰えなかったのだ。  物語は、私達と関係ないところで進んでいた。  きっとアレはラストシーン。  死闘の末に敵性ミライジンを打ち倒し、ミライは貴方達に委ねる事にします的な場面なのだろう。 「悪い条件じゃないだろ?君が望むなら望んだだけ偉くなってみせるよ?君が僕に『大統領になれ』って言ったらなってみせる!みせるから!」  あの光の下には誰かがいるのだろうか。私達の命を助けたのは、もしかしたらその誰かなのかもしれない。  だとしたら、布教失敗である。  その誰かは、何かと何某かの交渉、あるいは闘争のようなものをしていて、それはきっと『ミライのタマゴ』を発端とする物語の本筋なのだろうから。  であればそもそも私達の行動なんて、主人公の、あるいは侵略者側の、誰も目に留めていなかったのだろうから。 「あの……返事」 「あ、ごめん。あんまりきいてなかった」 「なんでだよ!結婚して下さい!」  何だ真面目な顔して、照れるじゃないか。 「ダメだ」  崩れ落ちるA派。逆さまに、周囲に転がっていた街の人達が、ゆっくりと身体を起こした。先程までミライジンによって『命だけ助かった』状態にされていた人達である。  ミライジンが消滅して、お願いもなかった事になったのだろうか。  周りをキョロキョロと眺めた後、むくりと立ち上がる。その表情は驚く程に硬く、まるで仮面でも被っているようだ。ショックで虚脱状態に陥ってしまっているのだろうか。  例えば、まさか入れ替わった、とか。  それが目的だったとは思わないが、正しく『命だけ助けた』のだとしたら。  ドコエモンでなくミライジンが訪れて、ミライを変えた、でなく、ミライジンに代わった、のだとしたら。  したら…………なんだ?  第二シーズンの幕開けだろうか。私はどこまで無関係な人間なのか。引っ越しは正解だったがまだ足りない。仕事なんてとっとと辞めてもっと遠くに逃げねばなるまい。 「ねぇ、頼むよ。もう君以外のヒト好きになれないよ」 「ダメだっつーの」 「なんで?一生F対Aの議論して暮らそうよ」  それは正直、なかなかに魅惑的な提案ではあるが。 「私達は生き残ったな?」 「そうだよ。やっぱり君はどーんされても平気なヒトだった。大好きだよ、愛してるんだ。こんなチャンスもう絶対にな…」 「うるさい話を聞け」  汎ゆる会話にプロポーズを挟んでくるA派をピシャリと止めて、もうひとつ、生存せしめた理由についての考察を口に出す。 「生き残ったからには、私達の子供が重要人物である可能性がある」  未来に生きる人間は、必ず産まれるように、そうできているのだという。 「出来不出来は知らんが、私とオマエという組み合わせは、観察者にとって望ましくないのかもしれない」  望み通りにさせてたまるか。  私は、Fを布教する事を、まだ諦めていないぞ。 「……なに、いってるの?」  まあそうなるか。 「はぐらかすのやめてくれよ。僕は本気なんだ」  まあ、そうなるか。 「本気で受け止めてもノーですけどね」  逆にいえば、子供を産まない選択こそ望まれている可能性もある。私達にミライジンの記憶が残されている事も、この街の住人を忌避させるよう仕向ける意図があるのかもしれない。何があったか無遠慮に尋ねられた挙句、集団ヒステリーみたいな扱いされるのだろうか。やだなあ。 「さて、仕事行きますか」 「……すごいなぁ君は…」  心から感心したような顔のA派を尻目に、壊されたままの街を歩きはじめる。 「え、Xデーの後、君が無事だったらおともだちになってくれるって言ったよね?」  その条件、私だけだったか?  なんか違和感を感じるが、私が母親の、況してやA派の命を気遣う訳もないし、まぁ適当に言ったのだろう。  首を傾げつつも、答えず私は役所へと向かう。街の外では大騒ぎだろう。巻き込まれるのはゴメンだ。 「知らん。もう全部知らん」  起こりそうもない事が起こってしまった。その真実について検証するのは私ではない。私は、私がみた事実について考察するのみ。  そうして時間をかけて、念入りに考えを尽くしたところで、全部が全部検討違いなんて事もありうる訳で。 「どうせ真実なんて、生涯知れないだろうしな」 「だったら全部妄想なのと変わんないじゃないか」 「別にいいよ。つーか聞いてんじゃないよ。話しかけてくるなよ」 「真実を追っかける気もないのに、何でそんなミライジンのことばっか考えてるのさ?」  冷たく追い払っても、めげずに会話にしようとしてくるA派。  そんなんだからオマエはダメなんだ。 「そんなん決まってるだろ」  SF短編が意外と良かったからである。 「私がFをよむひとだからだ」  やっぱり、Fは最高だ。
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