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 と、考えてて少し怖くなってしまった。いねぇよそんなヤツ。薄ら気味悪い。だからぼっちなんだっつーの友達つくれ。 「ねぇ、おねぇちゃん?」  夕飯の後、母親を捨てて二人で逃げようと妹に相談した。先日はまさか職場で無様を晒す羽目になってしまったが、結果的に母親と揉めたのは良いきっかけで、おかげで『ミライのタマゴ』の話をしないで街を出れる。 「なに?」  努めて優しい声を出す。下手に不安がらせて結論を先延ばしにしてはならない。延ばせば迷う、迷ったら動かない。今日決めて明日にでも出ていくのだ。  もう決めた事と、自信に満ちた顔をしている私に向かって、 「好きな人できたんでしょ?」 意外過ぎる事を言ってきた妹。 「はあ?なに突然。今そんな話じゃ…」 「そんな話じゃないの?だとしたらごめん。でもそうなんでしょ?」 「好きな人なんていない。ねぇどうしてそうなるの」 「えー、だって……うーん、気を悪くしないでね?ママそっくりだったから」 「っ!あのねえ!」  私としては一大決心だったのだ。茶化されて激昂するのも仕方のない事だろう。   「私は真面目に話してるの!」 「ごめんて、でもまたその話なんだもん」  実際に今まで何度も家を出る話はしていた。していたが、それは私がまだ学生だったから条件にあう部屋を借りられなかっただけで、保留していただけなのだ。物件だってずっと探していた。諦めていた訳ではない。ふざけ半分で言ったことなど、ましてや恋なんて理由で独立の話はした事がない。 「ねえ真面目に聞いて!今なら大丈夫なの!アナタも高校までは出れるし!勉強したいなら大学だって何とかなる!何とかする!私が!」 「まぁちょっとまってよ。真面目に聞いてるし、落ち着いてくれなきゃ喋れないよ」  またいつものか、などと思われるのは心外である。会話に熱が入る私に対して、しかし妹は飄々としたまま。 「うーんとね、まず出てってやるって思った原因は、ママに殴られたからって考えていーんだよね?」 「当たり前でしょ!何で社会人になってまで殴られなきゃなんないの!」 「好きだった人にフラレた妙齢の酔っ払いが泣きながら帰って来てさ?若い女の子に寝取られたって、今度は大丈夫だって思ってたのにって、ボロボロになってるところにわざわざ玄関口にやってきて青筋立ててさ?『もうオバさんなんだからいい加減男漁りやめてよ恥ずかしい』ってさ?」 「ぐっ……でもだって!」 「わざわざ煽って怒らせて、ママが大泣きしてるのにまだ怒鳴り散らしてたのはだぁれ?」 「だって!だって……母さんが…」 「おねぇちゃんさえ黙っててくれたら、アタシが慰めてあげてこの話はおしまいだったんだなぁ」 「……………」 「ママめっちゃ泣いてたよ?今も泣いてる。いつもの居酒屋でおねぇちゃんに謝りながら呑んだくれてるって、店閉まるまでは預かってくれるってさ」  ああ、この子は、 「どっちかってゆーならさ?悪いのはおねぇちゃんかな、傷付けたのも」 人の輪に入れる人間なのだ。 「じゃあ文句いうなっての?子供二人抱えてデートだの彼氏だのバカみたい」 「んー、怒るかもだけどもういっこゆーね」  私とは違う、 「経済的に自立してるってゆってる癖に、ママに母親を求めてるのって、どーなん?」 方正をとれる人間。 「求めてなんか…」 「老若男女、既婚未婚関係なく、恋する権利はあるよねぇ?」 「みっともないっていってるの!」 「ヤー、シスター。恋なんてみっともないもんだよ。自分の社会的立場を鑑みて、どこまでみっともなくなれるかで、その恋を追っかけるかどうか決まるってだけさ。アタシ等二人、手がかからなくなってさ?ママは恋を諦める理由がないもの」 「そうやって次こそ次こそって……ねぇ!アナタ襲われたのまさか忘れた訳じゃないでしょ!」  これが私の切れる最高のカードである。酷く醜い、残忍な切り札。  過去、母親が連れ込んだ男に妹は襲われた。私が偶々帰って来たので無事だったが、そうでなかったらどうなったか分からない。  と、いうか、 「へへへ、言ってんじゃん。アレはアタシが悪かったのさ。教壇の上に一万円札置いとくようなもんだもの。魔が差すようなコトしちゃダメなのよ。学んだから、さ?」 無事だったのか。あの時がはじめてだったのか。  私は真実を知らない。受け止めるのが怖くて、今も目を背けたまま。 「そういう事じゃないでしょ?母さんだってあの時……泣くばっかりで…」  母親は騙されたって、そればっかりで。  なんで、どうして、って、私達を守るのでなく、相手を詰ってばっかりで。  あの時も私は大人達に向かって怒鳴り声をあげてて、男だって「警察だけは」なんて、責任も悔恨もなく、薄汚く喚いてばっかりで。  妹だけ、その場で誰よりも年若い妹だけが「まぁまぁ」なんて、まるで大人の様な顔してて。 「アタシはさ?おねぇちゃん。アタシはのんびり寝てたいだけなの。あとはあんまり。このままのんびり暮らしたいって、そう思ってて。だからあの時もオジサンの横でのんびり寝てた。だったら部屋にあげなきゃいいのにって、後悔してるし、もう二度としないよ。あの時、決着ついた話だよねコレ」  何もなかったのか、それとも何もなかった事にしたのか。  妹は、幸福よりも方正をとっただけではないのか?  私は今も目を背けたまま。 「……わ、わたしはっ……わたしは…」  まるで私の方が子供みたいだ。大人になれない。自分の感情都合のみで行動を選択する子供。  母親もそうである。母親になりきれない女。 「おねぇちゃんはさ、ママから離れたいの?それとも引っ越したいの?先ずはどっちが優先なのかな?」  いかにも子供に対してするような、優しい口調に言葉を詰まらせる。  そうあの日。  恋愛なんていう不確かなものに失望したあの日。世界に対する私の目が冷ややかなものに変わってしまったあの日。  私は妹に頼られてるつもりだった、妹を守ってるつもりだった。 「例えばアタシがおねぇちゃんの言う事に全部頷いてさ?じゃあもうママは捨てちゃいましょうってなってさ?」 「そうすればいいよ、そうしようよ」 「おねぇちゃんはアタシに言うよ?『ホントにそれでいいの?』って」 「言わない」 「んーん、言う。言うよ。本当に捨てちゃいたい人なら、あんなにつっかかったりしないもの。殴られてまで諌めたり、しないんだなぁ。なんとかしたいから怒るんじゃない?」  しかし母親は放逐されず、妹がいるから私も離れられず。いまだ親子三人、身を寄せ合って生きている。私と母親の幸福を繋ぎ止めているのは、妹。 「おねぇちゃんはママを捨てたくないって気持ちの理由を、本当はママの事が好きだって認めたくないから、アタシに求めちゃうんだなぁ」 「そんな事ないもん。私はアナタ以外はぜんぶきらい」  そう。  依存していたのは、いるのは、ずっと私。 「でもね、今回ばかりはちょっと本気なのかもって、少し心配だったんだ」 「わ、わたしはいつもほ…」  反論しようとした私を、妹は片手を向けて制止する。 「好きな人が出来て、おねぇちゃんはそっちにいっちゃうのかなって」  妹の考えに、馬鹿な私は漸く追いつく。 「そんな訳ない。私はアナタとずっと一緒にいる」 「そう?この間デートした人でしょ」 「違うの、確かに一緒にいたけど…」  ダメだ。ダメ。  止めて。 「お、やっぱり男の人かい?」 「違うってば、デートじゃないの。私はアナタを守りたくって」  まるで私が恋をする事が、嬉しいみたいな言い方、しないで。 「いい人なの?イケメン?」 「ねぇそうやって私を除け者にしようとしないで!」  ついに、きっと私は、私の本当を妹に打ち明けてしまう。机を挟んで対面にいた妹にすり寄り、捨ててくれるなと、輪の中に入れてくれと縋る。 「追い出そうとしないで!私はアナタだけ安全ならもうそれでいいの!」 「なぁーに?そんな顔して。喧嘩しちゃったの?妹以外興味ないとか、もしかして言ったりした?」  妙な勘繰りなんて最悪だ。私は首を振って強く否定する。  私は仕事と、家事と、妹と、あとはFだけ。それ以外は全部余分なのなんだから。
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