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 だから、来る日は、必ず来てしまった。  未だ来るなと思っていた未来が、訪れた。  ああ、やり直したい。  昨日からでいいからやり直したい。 「はぁ、はぁ、はぁ…」  果たして私は欲張ってしまった。馬鹿、馬鹿、『ミライのタマゴ』など、実物を確認した時点で仕事なぞほっぽりだしてしまえば良かったのだ。  転勤待ち?クソ喰らえだ。命あっての物種だ。  何を悠長に構えていたのか。自宅さえこの街から出ればなどと、どうせ同じ自治体からは出ないのだからとタカを括って。A派からのストーカー行為が辛いなんて、ちょっと深刻そうな顔をしてやれば直ぐにでも転勤になるだろうなどと、その時に転勤になるのは愛想が良い大卒でなく、愛想の悪い高卒だろうなどと皮算用して。  待ってしまった。  妥協してしまった。  落とし所を、図ってしまった。  役所なんてとっとと辞めてしまって然るべきだったのだ。あれだけの恥を晒しておいて、ホント、いい面の皮である。 「はぁ、はぁ、はぁ…」  賃金と命を秤にかけた。  生活と命を秤にかけた。  守れたのは、妹だけ。  その横に置いておきたいはずの、私の命を秤にかけた。  ああ、予期していたはずのXデーは、思ったよりも早く訪れてしまった。 「はぁ、はぁ…」  厭なものを観た。  とても厭なものを観た。  よりによって、Xデーの、その発端を観てしまった。 「ひぃぃ…」  朝、通勤中。  車に轢かれそうになった子供。  その母親が、ハンドバックに向かって何か叫んで。  途端に膨れ上がり、巨大な塊となったミライジンが、車をぐしゃぐしゃに潰して。  母親は、子供が助かったのを確認しながら、その代替に、ミライジンに首から下を奪われて。 「ひぃぃぃ…」 助けて。 助けて。助けて。 助けて。助けて。助けて。助けて。 助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。 私を助けて。  口々に『ミライのタマゴ』に向けて命を乞う人々。  巨大なミライジンが次々と現れて、その足元には『命だけ繋ぎ止めた』人々が転がる。  ミライジンが、動かなくなった己が所有者の命を救わんと、他のミライジンと戦い、そうして街が崩壊していく。お願いが競合した場合はどうなるのだろう。考えもしなかった、やはり私なんかが思いつく備えなどまるで役に立たないのだ。  巻き込まれまいと、次々とミライジンにお願いをする人々。  タマゴを所持していない者達は事態を察知して、それでも恐れに竦む足では逃げ切れず巻き込まれた。  そして、それらの存在すら知らなかった完全なる被害者はただただ唖然として立ち、現実感を喪失したような顔のまま押し潰された。    出現が加速する、破滅が拡がる。  私は、予測していたはずのその光景をいざ目にして、それでも暫くは、呆然と立ち竦み。 「死にたくない……死にたくない…」  ほら、やっぱり私だって、命を願ってしまっている。タマゴに願いを聞かれぬよう、せめて口を抑えて走り出す。  私のはとうに廃棄済み。それは正しかったが、願いを叶えたミライジンが『ミライのタマゴ』を道々に転がしている。まかり間違って私の願いを聞き入れてしまうかもしれない。  とにかく街の外に出るのだ。  タマゴもミライジンも消滅する、街の境界まで逃げ果せてみせるのだ。  三つ隣の街には妹がいる。  朝のHRに遅刻してしまうと、校門へとひた走る、可愛い妹がいる。  妹がいればいい。  妹がいて、その横に私がいればそれでいい。  あとはどうなったっていい。 「うわああああぁぁっ!!!」  叫び声が耳に届いた。前方、知った声だ。 「わあああああ!!!」  ここは、通勤路の途中にある広場。 「えっ!?あっ!こないで!こっちは大丈夫!」  私がいらん恥を晒したあの日からこっち、ここには毎日ストーカーが出没する。 「僕に構わないでどうか逃げて!」    よもや、こんな状況でも待ち伏せしていやがったのか。常軌を逸している。 「来ないでくれっていってるじゃないか」 「顔が笑ってんだよクソA派。なんで嬉しそうにしてるんです」 「だって……来てくれたから」  私を見付け、声をかけようとしたところで背後にミライジンが迫っていたのに気付いたのだろう。腰を抜かしながらも、何とかミライジンから逃げ遂せたようだ。私が駆け寄って来たのが果たして本当に不本意であったのかはちょっと分からない。叫びながらもこっちをチラチラみていた。ホント、しょうもない。 「恐怖でどうかしちゃったんじゃないですか?」 「あはは、どうしよう。そうかも」 「なんだってんだ、ホラ立って」  へたり込んでいるA派を助け起こしながら、周囲の状況を確認する。  Xデーの発端となった交通事故現場を中心に、悲鳴と煙はどんどん拡がっているようだ。もう少ししたら街の境界線がきっとハッキリと判るようになる。明確に逃げ遅れた。  中心から遠いほどに出現するミライジンは大きい。持ち主の命を救うために、より巨大に、それから持ち主を守るために、より巨大に。どうやらミライジンは出現した後では形を変えられないようだ。この状況でそんな事が知れてもしょうがないんだけど。 「いや、喜んじゃうのはしかたない。正直今どんな感情でいたら正解なのか全く分からないんだ」  恐怖以外の選択肢がありようもない状況だが、事実A派の口元は綻んでいる。ホント、なんだというのか。 「だって君……街を出るだけなら、来た道を戻ればいいはずだろ?」 「勘違いするな、気持ち悪いな」  逃げはじめた方向が偶々こっちだっただけだ。  そう、もしかしたら待ってるかもなんて、まさか、そんな事、私が考えている訳がないだろう。 「ごめん喜ばないの無理だ。めっちゃ嬉しい」 「ふん…」  まあいい。誤解でも何でも好意的にとってくれたなら。  偶然なら、しょうがない事なのだ。 「えっと、あっちの裏道からなら…」 「細い道でミライジンに遭遇したら逃げられませんよ」 「でも、だって…」  A派が周りをぐるりと見渡す。 「もう、逃げ道が…」  広場に繋がる太い路地には既にミライジンが並んでいる。私が逃げて来た道も同様、A派を助け起こしている間にミライジンの出現速度に追い越されてしまった。この広場にミライジンはいないが、道の先では争いあっていて周囲に瓦礫を増やしている。
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