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「囲まれてる、って程ではないですけど無事に避けられるかは微妙ですね」 「だから裏道から逃げようよ」 「だから、そこの道から分かれた先は袋小路です。実質一本道みたいなもんじゃないですか。迂回路ないならリスクしかないのでは?」 「ここに留まるよりはマシだってば」 「ここの方が安全だと思います」 「冗談でしょ?なに考えてるのさ」 「喧嘩腰は止して下さい。水掛け論になるくらいなら分かれた方がいい」  ダメだコイツ。だからA派はダメなのだ、Fを読めFを。 「どうぞ冷静に。この街は端から端まで斜めにとっても三キロありません。小さな街です。人口だって一万もないし、その全員がタマゴを持ち歩いてる訳ありません。持ってる人だって街の外は安全だって、知ってるはず」  非常時、ショック時、動揺時、心が掻き乱されたような時に、どのような行動を採るべきなのか。 「ルールはあるんですから、それを念頭に行動を決めるべきです。非常時にこそ頭を冷やさないと却って危ない。ドコエモン読んだことないんですか?」  読んだはずだろう、有名な一幕。  突如言い渡された明日のテストに向けて、しかし机に向かうでなく、ケトルとピローを振りかざしてただ慌てるノブタ。彼を視ていないのか。  そのテンパり具合を、どうしてコイツはきちんと受け止めなかったのか。 「まったく、A派はこれだから…」  圧倒的な怠惰という、強固な精神性を持つノブタでさえ、非常時には正常な判断を下せない。  どんな人間でも、想定外には慌てるもの。  そう、『怒られる覚悟だけ決めれば大丈夫』という、宿題等でノブタが採りがちなノーガード戦法を忘却してしまうほどに、有事の際には冷静な判断を下せないものなのだ。  そのメッセージを、私は全身で以て受け止めた。全霊で以て噛み締めた。私は想定してきた。私は考え得る限りのトラブルに対応する策を練り続けてきた。多少の見込み違いはあったものの、落ち着きさえすれば、まだ生き残る目は十分にあるはずだ。  落ち着け、ケトルとピローだ。ケトルとピローを考えるんだ。ノブタあの行動は、いつも私を冷静にさせてくれる。  ケトルとピロー。アレはつまるところノブタにとってのシンボルなのだ。  問題を打破するのに何ら関係のないものを持ち出して『自分が慌てている』事を確認するためのシンボル。そして、一見関連がなさそうなその二つは『水を飲む』と『いったん寝る』という、心を落ち着かせるための道具である。おまじないというか、あの二つを持って踊る事が、ある意味ではノブタが置かれた非常時から、正常を取り戻すためのルーティンになっているのだろう。  そう、ルーティン。即ち、非日常に遭遇した際の、正常に立ち戻るためのルーティンの構築。それを行う事で逆上せた頭から血を下げるのだ。  冷静になるために、正常を持ち歩く事。  すなわち、 「さ、いったんFを読みますよ」 「冷静になってくれ」 私にとっての日常のシンボル。  妹も、仕事も、家事も今はない。  ただひとつ残された正常は、F漫画への没入。  頭を冷やせ。私はノブタのように、特別な能力のない凡庸。  おそらく、ミライジンの数はそろそろ頭打ちである。  何しろお願いの大きさで奪われるものも大きくなるのだ。余程に慌てていなければ、まさか『命を助けて』などと願わないだろう。一体どれほどのものを奪われてしまうか想像もつかない。  実際、私達の周囲にも慌ててしまった代償を支払った人間が無惨に転がっている。突発的なものでなければ、そんなリスクの高いお願いはしないはずだ。 「まあ聞いて下さいよ。ミライジンは動けません」  ミライジンは持ち主の周辺しかうろつく事ができない。離れ過ぎれば何かあった時に命を助けられないから。  問題はカバー出来る範囲が、きっとミライジンによって異なるのだろうということ。どこまで近付けば命を脅かす可能性ありととられるか。ここに来るまで夢中だったから意識しなかったが、随分と無茶したものだ。   「今ここが安全地帯だとしたら、ここはずっと安全地帯だと思うんですが」 「マジの案だったのか…」  A派が驚愕して私を見る。どうにもリアクションが過多で、そのせいで酷く薄っぺらな印象をもつ。 「別の案もありますよ。そこらのタマゴ拾ってきて『僕達二人を街の外に出してくれ』ってお願いするんです。もしかしたら街の外に出た途端にミライジンが消滅するかもしれませんよ?そしたら何も奪われないで済みます」 「おいおい本音出ちゃってるよお嬢ちゃん。『僕達』って事は僕にタマゴ使ってお願いしろって言ってるよね?」 「ハハハソンナマサカ」 「もしかしなかったら一生世話してくれるの?」 「モチロン」 「ネバーの顔で頷かないでよ。正直者なんだからもう…」  私の方も表情がうまく造れない。利をとるならば瞳を潤ませて、いかにも誠実な態度をとるべきである。もっとそれとなく伝えるべきである。 「まぁ、ぇぇ、じゃあ他の案が浮かぶまで、うーん……えっと、検証しよう」 「何を?」  尋ねた私にA派はややげんなりした顔で、 「お願いが不履行となった際、ミライジンはどうなるのか、だよ」 そう言った。もしかして前向きに受け取ってくれているのだろうか、どうにか私だけでも無傷で助けて欲しい。 「そんなの、どうするんです?」  首を傾げる私に、A派は答えず懐からタマゴをひとつ取り出した。 「一応拾っといたんだ」 「まさかひとつしかない訳じゃないですよね?」 「どんだけ僕にお願いさせたいんだよ。いくつかあるから安心してくれ」  苦笑するA派。やはりこちらの心情は読まれているようだ。これだからA派は油断ならない。裏切られた時のため、一応拾っておいた私のタマゴは隠したままにしておく事にしよう。 「肯定なら『はい』、否定なら『いいえ』と答えて下さい」 もぅ……もぅ……  A派のお願いに応えてタマゴが割れて、中から私の掌くらいの大きさのミライジンが生まれる。   もぅ……もぅ…… 「貴方の返答は『いいえ』ですか?」 「おぅ、ベタな」 もぅぅぅ……  A派の質問に、ミライジンは少し困ったようにまごついた後、 =丿∋ぅカ"ナ(ゝナぁ…… 気持ち恨ましげにこちらをみた後、ただただ消えた。タマゴも残っていない。完全消滅である。 「おお、すごい」 「ハイリスクローリターンだから今まで試さなかったけど、この状況なら値千金ってやつだね」 「ふん?街の外に出れたならお願いは不履行にはなってないと思いますが?」 「ああ、そっちじゃなくて。一応ここは安全そうだねって事」  そこを明確にするのは、この広場に転がっている人間が既に息絶えている事とイコールだが、今は考えない方が良いだろう。 「うーん……私はFを読みます」  いずれにしろ大通りに転がっている人間の命が尽きるまでここに留まるつもりもない。ミライジンの『命を助ける』行動が生命維持まで含むなら、根負けするのはこちらである。  とにかくルーティンを行って冷静になるのだ。  考えろ。案を出せ。  なるべく私が罪悪感を持たない形で、とっととタマゴを使わせて私を助けさせなければ。  傷ひとつすら、まっぴらごめんである。  どうにかできないものか、考えつつもページを捲る手は止めないようにする。  ああ、手元に23エモンさえあれば、万事イモ優先のゴンザのように、他を無視するメンタルを得られたならば。  最近買い直したSF短編しか手元にないのが悔やまれる。
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