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 ドコエモンはセカラシが送りこんだのではない、という考察だ。  例えばミライはロボットが支配していて、その中枢となるマザーコンピューターの製作にノブタの子孫が関わっていたとする。その人間が見逃した、あるいはサボった部分に脆弱性が認められ、そこを突かれるとロボットが全て停止してしまう。とか。  例えばミライのテロリストが自然回帰などを掲げていて、ノブタの子孫さえ関わらなければ、人間を管理するシステム的なものが完成しない。とか。  ミライに生きる人間は、どの様なルートを辿るにせよ、必ず生まれてしまうのだという。  つまり、単純にノブタを殺すのでなく、トロットロに甘やかしてダメにする為に、全て用意された設定に過ぎないだとしたら。  ドコエモンが訪れたても、ノブタの人間性が全く成長しない事に、納得が生まれないだろうか。  シズエと結婚させる事を目隠しに、今在るミライからスコシずらす事が真の目的だったとしたらどうだろうか。『もしもしボックス』のような、世界をそっくり変えてしまう道具の存在も掌の上で何とでもなるもので、実はあの時点でもう、あの有名な映画みたいに、プラグに情報を流し込んでいるだけとか。  近年の、諸々がややソフトになった世界観も既に改変が行われた後の世界なのかも知れない。  ノブタがミライの超重要人物説、どうだろう。  ダメにする目的説、どうだろう。  そして、この街。  ミライジンによってグチャグチャにされてしまったこの街。  ここもまた、この世界を管理している何某かの存在が、指先ひとつでミライを改変しようとしているとしたら。  少なくともターゲットは一個人ではないだろう、わざわざ大勢の人間を巻き込んでまで悪目立ちする理由がない。  となるとターゲットはこの街自体。  例えばミライ、この街に生まれた誰かが郷土愛から何か大きな事を成し遂げる。それを防ぐには台風や地震などという、郷土愛を寧ろ強めてしまうような出来事ではなく、この街に暮らすのを忌避させるような、訳の分からない破壊を行う必要があるだろう。  例えばミライ、この街に大変な厄災が訪れて、そこで超重要人物が命を落とす。世界の発展に大いに寄与するはずのその人物を救うために、この街からとっとと追い出さねばならない。故に予めこの街に小さな厄災を齎して、その人物やその両親にこの街に居住するのを止めさせる。  あるいはただの社会実験とか。  どうかな、どうだろう。  こんな何にもない地方都市の端の端にスコシフシギを落っことす理由、そのアイテムが『ミライのタマゴ』なんていう名前である理由。  今目の前で起こっている出来事、それ自体が誰かにとって望ましいミライを齎すタマゴ。  この世界を観察する誰かにとって、幸福を生み出すタマゴ説、どうだろう。  あるいはそれらが全て、所詮単なる私の妄想でしかなかったとしても、 「あ、これダメだ」 私が、人間というものの業の深さを、まだまだ想定しきれていなかったのは間違いない。 「おいA派」 「なに?」 「アイシテル、コンナキモチハジメテ、モウスキニシテ」 「いや、タマゴこっちにグイグイ押し付けながらそんな事言われても。せめて漫画から目を離してくれ」 「あっそ」  持っていた『ミライのタマゴ』を放り出す。ホント、こんなものののために何て目に遭ってるのか。 「じゃあ早く使って下さい」 「覚悟がいるんだよ、ちょっと待って」 「マチノソトダシテー、カイゴスルヨー」 「決心がブレるから止めてくれよ」 「なるべく早く。アレは多分……死ぬやつだぞ」  きっとミライジンの足元に転がっていた『命を助けられただけの人間』の中に、辛うじてまだ喋れる人間が残っていたのだ。  ミライジンの庇護の下、二つに増えた『ミライのタマゴ』に、一体何を願ったのか。  おそらく『いっそ殺してくれ』ではないだろう。  ミライジンに身内を殺されたか、安置されるだけになった自分に絶望したか。  多分、きっと、狂乱のなか、 モウイイ、ミンナシネ。  遠くで何かが起こっている。何か分からないものが膨らんでいる。ゆっくり、しかし確実に、半透明の何かが街を覆いながら近付いて来る。  あれに触れたらどうなるのか。  まさかトプンと浸かって良い気分なんて事はあるまい。死ぬ、絶対に死ぬ。理屈じゃない、これは本能である。火に怯える獣と同じ。それが何かは分からない、ただ『死』のイメージだけはっきりと浮かぶ。 「え……えっ!」  そして、更に私を追い詰める現実。 「うそ!うそうそうそ…」  A派の掌に乗っていた『ミライのタマゴ』が、さらさらと崩れていく。 「僕達二人を街の外に出してくれ!」  もう間に合わない。 「僕達二人を街の外に出してくれ!出してくれよオイ!!」  お願いも虚しく、崩れたタマゴは砂となりA派の指の間から抜け落ちていく。 「早く逃げときゃよかったか」 「出てこい!出てこいよオイ!頼むよぉ!」  我を失ってしまったA派が這いつくばって砂を集めている。なるほど、負けないだけの負け犬。Aライクな欲望を、避けられるだけの人間。  A信者の限界は、つまり破滅した後のケアが圧倒的に描かれていない事。  ブラックユーモアの巨匠故の、立ち直りの欠如。  確かにFにも投げっぱなしの話はある。事態の解決をみないまま終わる事もしばしばである。  しかしFの紡ぐ物語は、長編だって多いのだ。  巻き起こる騒動にやきもきしながら次にページを開くと、何事もなかったかのように日常を生活するキャラクター。  一話ずつ読んでいたら得られないだろう。リアルタイムで追えず、単行本しか残されていなかった私のような読者しか得られぬ感情。 『あ、リセットされた』  作中で幾度となくそれを経験した私は、放り出された心を手元に引き戻す術を、心得ているのだから。
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