03

2/2
前へ
/19ページ
次へ
 私が惹かれるのはジェイアン。どっしりとした人。そんな訳だから、 「それで、いついく?」  しきりと声を掛けてくるこの軽薄そうな人間には、つまりなんの興味も湧かないのだ。 「お断りしましたよね?」 「されてません。あの時に仰られた言葉は、また今度、です。その今度を具体的に進めるべく、スケジュール調整に馳せ参じました」  へらりと笑う。私に『ミライのタマゴ』を分けてくれた人。 「いえすいません、言葉足らずでした。タマゴを分けて頂いた謝礼金を、貴方、お断りされましたよね?」  役所の新人歓迎会で話してからこっち、やたらと話しかけてくるようになったこの男。タマゴを持ってるというので、分けてくれる様お願いしたらコレである。 「そりゃ謝礼金はいらないさ、メシ行こうよ」 「多忙でして。夕飯はご一緒できませんとお伝えしましたが」 「今は、でしょ?いつなら良い?日曜の昼なら平気?」  頼む相手を完全に間違えた。いや、正直こうなるかもとは思っていた。しかし悲しいかな私は職場の人間全てに事務対応であるため、『ミライのタマゴ』などというフワッとした話が出来るような知り合いがいないのである。  この男は前述の新人歓迎会で私が助けてやった人間。  大卒の新人。また愛想が良い事からしこたま飲まされて、潰れかけていたので水飲ませて、トイレに放り込んでおいたのだ。会がお開きになってもまだ寝ていたので介抱してタクシーに乗せ自宅に運んだ。つまるところ未成年に迷惑をかけるクソ野郎である。お父様がとても出来た方で「未成年のお嬢さんを夜歩かせる訳には行かない」なんて、わざわざ車を出して送ってくれたので、彼がクソだろうが別段気に障る事もなく、つまり何とも思っていないのだが。 「Fの話しようよ、俺も語りたい」  どうやらAの、特に『漫画ロード』の熱烈なファンであるらしい、介抱している時に間が持たないのでちらとそんな話をしてしまったのだ。迂闊だった。 「A派と語る口などない」 「Fも全部読んでる」 「そういう事じゃ……はぁ、分かりましたよ」  コレはダメだ。一回ごはん行ってちゃんと断ろう。終わらない。 「マジ?やった。いつにする?」 「今日のお昼ご一緒しましょう」 「えー、まぁいいけど……1時間で済む?」 「語るつもりはないので」  がまんがまん。昼休み一回捨てれば終わるのだ。もう諦めよう。強要だ何だと問題を大きくする気もない。私はぼっちだが、腫れ物のようにされても困る。一回ごはん食べて、ハッキリ断って、それでも続くようなら後はもうどうなっても知らんぞってなもんである。 「いや、それ君の妄想の話でしょ?」  もんであったのだが。 「あにいってんです?妄想じゃありません、強いていうなら考察です考察」 「違う違う、よく捉えすぎだよ。それこそ君の言う通り小学生の事なんだもん。単純なだけ。何も考えずに幼馴染と遊んでるだけじゃないか。ソレが可愛らしいんだよ。アレはソレがいいの、だから皆ドコエモンが好きなの。君のソレはただの妄想」 「オマエちょっとマジでいっかい表出ろ」 「え?サボってどっかいく?」 「冗談は顔だけになさっては?あのですね、単純なストーリーに単純なキャラだからって、各々の心情まで単純だっていうのはどうなんです?ちょっと読み込みが甘いんじゃないでしょうか?Fを読んで心を洗い流すべきです」 「いやいや、待ってよ。心情が単純だなんて誰も言ってないよ。ドコエモンは子供向けの漫画。子供向けって事はね?あのね?子供に向けて描いてるって事は、描いた時代の子供にとってあるあるじゃないとダメって事でしょ?僕等の時代にはいなかったけど、昔はあーゆーガキ大将が普通にいたんだよ。いたから、ドコエモンに助けてもらえるノブタ君をみんな羨ましがったの。当時の少年が全員君みたいな小難しい事考えてたなんて思ってる?」 「あのね?あのね?待て待て、ちょっと黙って。先ず、そもそも、貴方と私の間に埋められない認識の齟齬があるんです。そこを先ず理解しましょう。して下さい。貴方からしたらそうなんでしょう。当時の背景?昔の時代?そこ、そこが違う。私と貴方はそこが違うんです。私からしたら、そんな事は知った事じゃない。当時の少年の事なんてどーでもいい。Fにどういう企みがあったのかなんてのも知ったこっちゃないんです。作中で、ジェイアンがどう思っていたかって話をしているんです私は」 「ちょっと待ってよフィクションだぞ。傷付けてしまったら申し訳ないけど現実世界にはジェイアンなんて居ないんだよ?」 「いねぇの知ってるわ、バカが私をバカにするのか?貴方、国語のテスト受けた事ありますか?この時のゴンの気持ちを答えなさいって問題あったでしょう?貴方はゴンなんていないって答えたんですか?アレだってどれだってフィクションでしょう。というか物語に落とし込まれた時点で全部フィクションなんですよ。気持ち全部そっくりそのままなんてないんですから。とにかく情報の主体は受け手なんです。つまりFがどう思って描いてようが読み手の私がそう思うならそうなんです」 「何その無敵理論?あのさ…」 「なんです?」 「お昼休み残り僅かですけど?」 …………あークソ。 「いやいや、楽しかった。正直舐めてたよ、愛が深いっていうかもうちょっと怖いわ。ねぇ、君の教えてくれとは言わないから、僕の番号だけ受け取ってよ。かけてくれなくていいし、もう粘着したりしないから」 「…………ぐぬぅ…」  コイツ嫌い。 「F読み直すよ。もっと話そう?僕はもっと話したい。週末なんで忙しいの?」 「貴方に貰ったミライのタマゴの検証です」 「…………ふぅん?」  素直に答えたのが意外だったのか、首を傾げる。 「なんです?」 「いや、ドコエモンをあれだけこき下ろしといて、そーゆーことはするんだ?」 「こき下ろすなんて、その解釈は許容出来ません不愉快です。私はFの創作した完璧な世界を誰よりも愛しています名誉毀損で訴えてやろうか侮辱罪まであるぞ。それに別にやりたくてやってる訳じゃありません」 「は?じゃあなんで」 「関係ないでしょう」 「ソレ僕もついてくよ」 「自分のでやればいいでしょう?」 「ん?持ってないよ?」 「え?持ってないんですか?」 「持ってないよ。僕の家は隣の市だもん、知ってるでしょ。なんで?」 「まあ、それは存じてますが……ふぅん?」  事もなげにいうが、かなり意外である。 「何?」 「いや、A信者の癖にそーゆーことはしないんですね。増やしたりしなかったんですか?」 「しないよ?」 「なんで?いかにもなのに」 「うーん………ホント、時間ギリギリになっちゃうけどAについてちょっと語っていい?」 「長くなりそうだからいいです」 「マジかよ」 「週末ききます。もう勤務中に話しかけないで下さいね」  なにを嬉しそうな顔しているのか。  私は単に二人で出来る検証事項を思い付いただけなのだ。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加