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と、まあそんな訳で、
「ふむ、なるほど…」
ドコエモンの代わりに『ミライのタマゴ』なるAっぽいものが齎された我が街。ドコエモンみたいに普通にうろついたりはしないが、じわじわと、秘匿されたままに街を侵食する毒リンゴ。
街の外に出た『ミライのタマゴ』は、手の中から直ちに消滅した。地図と照らし合わせてみても、その境界線はかなり厳密である。言葉通り、この町内のみで有効であるようだ。正直わけが分からない。何で現地人の決めた区画に従っているのか。
Aを崇拝する珍奇な人間と共に更なる検証を重ねる。
一つ、何を以てタマゴの持ち主としているのか
一つ、どれくらいの距離までお願いが有効なのか
一つ、何を以て『お願い』と受理されるのか
そういった事に関しては、寧ろこちらの想定よりもかなりフワッとしていた。タマゴは持ち歩いている必要もなく、私が持っていてもA派の願いを叶えたりした。かなりの悪意を感じる。つまりコレを妹が手に入れて、それどころか家の中にあるだけで、安全である要素が何一つ認められないという事だ。
実に清々しい結論、イナフである。
私は直ちに所持しているタマゴを全て消滅させ、来たるXデーを安全にやり過ごすべく引越しを決意した。なに、街の外に出ればミライジンは手を出せないのだ。引っ越し費用が高くつくとも思わない。元々妹が成人したら、母親と完全に縁を切って何処かに逃げる予定だったのだから。多少予定が早まっただけ。
「いや、引っ越すのはまぁいいとして、妹さん学校どうすんのよ?」
「どうするってなんです?公立ですよ?転校すればいいじゃないですか」
「えー、友達とかさ。全部勝手に君が決めていい事なの?」
「生き死にの話をしている時に友達がどうとか別に関係ないでしょう。何いってるんですか?」
「生き死にねぇ……本当にそんな大事になる?みんな上手くやるんじゃないの?」
「貴方はそう思っていればよろしい。私はそう思っていません」
検証も済み、今は帰り道。A派であるこの男に誘われ、喫茶店で涼んでいるところである。その気であるのかなどと疑うなかれ。ここの支払いを私が持ち、それが検証に付き合ってくれたお礼。明日からまた他人である。引っ越すし。
「うーん……まぁ誰かは下手打って死ぬかなってぐらい。欲望を抑えきれずにって」
「コレだからA派は想像力が貧相なんですねホント可哀想。きっと与えられた結末で想像が完結してしまってるんですよ。Fを読んで出直してこい」
「コレだからF派は逃亡する事しか解決策を持たないなんてホント可哀想。抜本的な解決法を模索しないなんて負け犬人生だよ。Aを読んで学ぶべきだ」
「そんな貴方はミライのタマゴを所持せず逃げ回ってる人間ですけどね。負け犬は貴方でしょう?」
「そりゃそうさ、そんなもの持ってるだけで丸損だもの。負け犬結構。命あっての物種さ」
「何なんですか?いってること矛盾してますよ?」
「してないよ。あのね、『笑う営業マン』をいっぺんでも読んだ人間なら、そんな如何にもなものに手を出そうなんて思わないんだよ」
「読んでないんでよくわからないです」
だってそれアレだろ?ブラックがユーモアなやつ。やだやだ、あんなの読んで喜んでるなんて薄ら気味悪い。検証も済んだしもうどっかいって欲しい。
「毒黒幸蔵にどーんされて破滅した人達を、僕は敬愛してやまないんだ」
「敬愛?日本語おかしくないですか」
「おかしくない、彼等は敬い愛すべく人間だもの」
「おい、この物語は全てフィクションです議論どこいった。どーんされた人間なんていねぇよ」
「あはは、まぁまぁ…」
私も人の事いえないが、コイツも大概である。
「逆に、アレを単なるブラックユーモアとして楽しんで読んでる人間を僕は軽蔑してる。ハッキリ、見下してる」
「読み手が主体って話してるし、なんなんですかホント」
「いや、だからこそ君ともっと話がしたいって思ったんだよ」
薄っぺらい人間である。同じ考えだったと言えば私に好意を持たれると思っているのだろうか。
「アレは教科書なんだよ。人生において忌避すべき事柄が網羅されている教科書」
違うか。
その理屈だと、薄っぺらい人間だと、私が、思われてるのか。
「失敗談の方が余程タメになる。当たり前だよ。成功者と同じ事をやっても必ずしも成功するとは限らない。けど、失敗者と同じ事をすれば、かなり高い確率で失敗するんだもん」
とりあえず話を聞いて頷いておけば女は釣れる。なんて思うなよって私が考えていて、だからそういう風に扱わなければ、私が釣れると思われているのだ。
「彼等は僕にとって最高の先生だ。目の前の誘惑にあっさり飛び付いて、あっという間に泥沼にハマり、まぁ助かる人も少なからずいるけれど、大抵はどうしようもなく破滅する。助かった人間だって同じだよ。根本的な原因に気付かない愚かで卑しい、愛すべく道化だ。そういう人間をね、たった1人の人間が描き連ねているんだよ。だったら描いたその1人から学べば、ソレで済むんだ。Aという人間が僕の人生の教科書だよ。僕の人生で大切な事は、全部Aが教えてくれた。小学生の時に出会えたお陰で、僕は毒黒幸蔵ライクの甘い甘い誘惑からいつだって身を守る事が出来た。お陰様で堅実な公務員様だ」
あ、これ違う。
前言撤回。こいつマジで語りたいだけだ。
「結局矛盾が解消されていないように思いますが?」
「そうだね……うーん…」
いやあ客観視って大事だなあ、と反省しながらもう少しだけA派の話につきあってやる事にした。これはアレだ、ふっかけられたら直ぐにFトークに熱くなる私への罰である。
「頭がいい女の子が好きなんだよ」
「おお?なんだ、どうした?高卒の私は今、口説かれているんだと思っていたんだが違ったか?」
そう考えればこれくらいの事、ごく冷静に返してやれるってものだ。
「えっとね、引かないで聞いて欲しいんだけど…」
「ソレは貴方に少なからず好意か悪意を持っている人間の心の内に起こる事です。私は貴方に全く興味がないので引いたりはしませんよ。ご安心下さい」
「あのねぇ……まぁいいけどさ。えっと、僕が人生を捧げたい人間。理想の相手はね、毒黒幸三にどーんされて、それでもなお、平気でいられる人間なんだよ」
うおおヤバい。こいつ気持ち悪い。いきなり理想の女性とか言い出した。そういう話じゃなかったよね。今、ちがってたよね?
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