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「ちょっとなにいってるかわかんないですけど」 「お、引いてる?」 「引いてないです」 「どーも。えっとね、Aを人生の教科書として生きている僕は、絶対に毒黒幸蔵からどーんされないんだよ」 「ふむ……まぁ、そうなんですかね」 「でもそれは自分の誘惑と勝負しないから、負けないってだけ。多分どーんされたら、負けてしまうだろうって思う」 「負けそうですもんね」 「うん、負ける。だから僕はつまり、負けないだけの負け犬なんだよ」  Aの作品を人生の教科書としているのは嘘ではないのだろう。話がまるでS字クランクのようだが、それはつまり、A作品というフィルター越しに人生、ひいては人間をみているからなのだ。 「もういっこ、僕は自分の欲望と勝負して勝つ人間、あるいは負けても平気な人間には、人として絶対に勝てない訳だ」 「あー、まぁなんとなく。おおむね」 「分かる?自分より上位の人間に出会って、その人とずっと一緒にいられたら、相手には悪いけど、僕はきっとずっと幸せな気がする」  さっきの発言の手前、絶対に認めたりはしないが、私、引いてるぞ。気付けよ。引いてる引いてる。ドン引きしてるぞ。 「なんかこう……なんというか……依存というか……マザコンですか?」 「別にマザコンではない。けどまぁ間違いって訳でもないかな。そうそう、そんな感じ。圧倒的な人に寄り掛かりたいのよ、つまり。その代わりこっちからは忠誠と安定を差し出しますって事」  否定しないし。  完全に狂信者である。笑って身を焼かれてそう。勝ったって言いながら死んでそう。 「頭の良い人、好きなんだ」 「…………………………」 「君はきっと、僕の生涯のうち出会う人の中で、僕が口説ける範囲の人間の中で、きっと一番頭が良いって思う」 「それ、他に頭が良い人みつけたら浮気するって聞こえるので止めた方が良いですよ」 「そうだよ?でもきっとそんな事ない。だって君、すごく可愛い」 「気持ち悪いな」 「だろうさ。でもハッキリ言わないと君は口説けないだろ」 「鈍いってか。賢いはどうした?」 「鈍いもんか、賢いとも。君は避けてるんだから」 「ええ貴方を」 「絶対に違うね僕じゃない。恋を忌避してる」  したり顔でもっともらしい事を言うA派。  そうとも、言う通りだ。  わざわざこっちを不愉快な気分にさせて、一体何様のつもりなんだ。 「恋に臆病になってるのじゃない。恋愛というものを嫌っている訳でもない。もっと例えば……呆れかえっているような感じ。きっと恋を見限るに至るような事が前にあったんだ。つまり、君がどうこうって事じゃないね。君自身の恋じゃない。お友達でもない。家族かな。家族だね。でもご両親の関係性からくるものでもない。じゃあ父親は関係ないんだろうな。うん、別に言わなくていいけど多分は…」  続けようとして、ハッとした顔になるA派。 「は……はぁーはっちゃんのぉおスルメイカぁ!酢漬けぇじゃないぜスルメイカっ!よっ!」 「………………」 「はっ!よっ……………ごめん怖がらせるつもりじゃなかったんだ本当に申し訳ないすいません土下座させて下さい謝罪させて下さいお金払います」 「不要です。貴方が気持ち悪いだけです」 「はいっ!気持ち悪いです!お友達になって下さい!」 「すごいタフですね」 「はい!メンタルには自信があります!頭もそこそこ自信があります!なので絶対に偉くなってみせます!モチベーション高いです!」 「私は貴方を好きにはなりませんよ、絶対」 「はい!今日限り職場で声かけたりしませんのでお友達になって下さい!」 「………………ですか」 「です!」  うーん、免疫がない。  男女の関係といったそういう云々を強いて避けてきた私にとって、FでもAでも一通り読み漁っているこの人間の情熱的なアプローチ的なものは、正直いって悪い気がしない。  そう、気持ち悪い。好きにはならない人間であるのは依然変わらず、寄り掛かられても迷惑なだけ。  だが、悪い気はしない。別に友達ならって気分になる程度には。  それは本当に単純な話、免疫がないというそれ故の事なのだろう。  しかしながら、恋愛。  生活を理由に禁忌としてきた。  母親の体たらくに習い禁忌としてきた。  妹の幸福を理由に禁忌としてきた。  逃げるしか術を持たないという、この人間の言う通りであるのがまた腹立たしい。  時間、生活、頭、心。  限りあるそれらを、僅かでもこの男に割いてやる余裕はやはりない。 「……Xデーの後、妹と私が平和に暮らせていたら」  私は、まだ私を続けなくてはならない。 「全く構わない。いくらでも待つ」 「………………」  自己陶酔型だな。  自己評価の低いだけの、この人間はつまりナルシストなのだ。 「…………私もか」  Xデー。  その日は近い。
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