恋が終わる時

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 女に賞味期限なんてないと強く言われながら、二つ歳下の剛と付き合い出して三年がたっていた。 今月で三十歳になるゆりえの心の中に、妙な焦りが出始めていた。それというのも、後輩の結婚式に、上役として招待されてからだった。 「先輩、忙しいのに来てくださって、本当にありがとうございます!」 純白のウエディング姿の後輩は、若々しく歓喜に満、まるで妖精のような輝きだった。 「おめでとう」 ゆりえは、心のどこかに妬みのような渦が起き、そんな自分が嫌だった。  披露宴は若者の熱気に包まれながら、滞り無く終わり、花嫁のブーケトスの為に招待客は見送り場所へ移動した。ゆりえは駐車場に待たせていた剛にそろそろ終わるとメールをいれ、隠れるように奥に立っていた。 「先輩!!」 後輩の声に上空を見つめると、よりによって花嫁の投げたブーケがゆりえ目指して向かってきた。 「えっ」 ゆりえは慌ててカバンを床に置き、ブーケをしっかりと抱きしめた。 「次は、ゆりえ先輩だね!」 会場は、ゆりえに一瞬だけ注目し拍手が沸き起こった。ゆりえは軽く会釈をし、剛の待つ駐車場へ向かった。  「ごめん、クタクタだわぁ。」 ゆりえの一言に剛は反応するでも無く、サッカーの試合を見ていた。 「これ、食べる?チョコレートケーキらしいけど」 剛は振り返りもせずに 「どっちでも」 とだこ答え、結婚式場から車を発進させた。  倦怠期に入ってるような気がしてならないゆりえは、結婚式の為というより剛を驚かせようと思い、いつものメイクを変え派手めにしシースルーのセクシーなワンピースを着ていた。 しかし、剛は何の興味を示さず、車内は重苦しい空気だった。もう少しで誕生日になる話題も、三十歳という年齢に喜べず話題にしなかった。 「タバコ買いにコンビニはいるよ」 剛が言った。 「オッケー、私もトイレ行くわ」 少しでも、いつもとは違う自分をみて欲しいと明るめな声を出した。剛はさっさと先に店へ入り、後を追うようにゆりえも続いた。トイレで自分の顔を見ると、いつもより大分厚化粧なのに気づき、逆に老けて見えてるような気がして、ハンドタオルで顔をふいた。 「よしっと!」 ゆりえは気持ちを切り替え、明るい気持ちでいこうと心に念じ車へ向かった。すると剛が見知らぬ派手な女性と話をしていた。 「じゃ、またな」 剛がゆりえに気付いて、女性に軽く手を振った。その女性はゆりえをしっかりと見て一瞬笑ったような気がした。 「剛、彼女さんかい?」 その女性が、剛を呼び捨てしたことに、ゆりえは嫌な気持ちになった。 「どうでもいいだろ」 「だって剛に、お姉ちゃんいないじゃん」 剛はクスッと笑いながら車に乗った。ゆりえは剛の言い方にも、その女性の発言にも苛立ちながら車に乗ろうとすると 「こんにちは、私、剛の元カノ〜です」 と背中ごしに言われた。 「やめろよ」 「ほーら怒った。彼女さんなんじゃん〜」 その女性は笑いながら、自分の車に歩いていった。 剛は笑いながら、車を出し軽くクラクションを鳴らした。剛は急にラジオを付けた。ラジオから聴き慣れないラップが流れてきた。 ゆりえは、自分だけが蚊帳の外にいるような疎外感で苛立っていた。 「ねぇ、剛、さっきの人さ元彼女なんだってね」 「違うから」 「だって、そう言ってきたじゃない」 「同級生だよ。今からデートで待ち合わせなんだってさ」 「デート前に、そんな話するかしら」 「だから、、ただの同級生だって、あいつはいつもあぁなんだよ」 「あいつとか、いう仲なのね」 「おい!結婚式の足させといてさ、絡むなよ、めんどくさ」 ゆりえは、無言になった。暫く車はラップだけになり、途中何件かラブホが見えたが、剛入る気配もなく、ゆりえの家近くになりだした。 「剛、お腹空かない」 ゆりえは、すがるような思いが声になった。 「大丈夫」 「ねぇ、今日は無し?」 「何が」 「えっ、おまえ、もしかして、やりたくて不機嫌だったの」 剛は笑った。ゆりえはその馬鹿にしたような言い方に、カッチーンときて 「そんなわけないでしょ、確認しただけよ、さっさと下ろしてちょうだい」 剛は無言になり、ゆりえを家の前で止まった。 「ありがとう」 剛は軽く手を振り、車をだした。 物足りない一日で、ゆりえは納得できず、すぐに剛に電話をしたが、話中だった。 さっきコンビニで会った女性の顔がちらつき、しつこくかけた。五分間のうちに、十回かけ繋がった。 「剛、ずっと電話中だったけど…」 「あぁ」 「誰から」 「会社だよ」 「日曜なのに」 「あのさ、用事何だよ」 少し苛立つ剛の声に 「ブーケ忘れちゃってさ」 「こんなの必要?」 「当たり前じゃん!」 いつになく大声を出してしまった。 「じゃあ後で、今から仕事だからさ」 ゆりえは、ブーケの価値もわからない剛が、結婚なんて全く考えてない気がして、心が沈んだ。  ゆりえの三十歳の誕生日が間近になり、剛からいつも通り、連絡がくるのを待っていた。仕事が忙しいとは聞いていたが、さすがに三日前になり、ゆりえは剛にメールした。いざ、メールしようとすると、年上のプライドが邪魔し、中々素直に気持ちを伝えれなかった。 「剛お疲れ〜。カレンダー見たら、私の誕生日だわ。今年も一緒にいれそう?私もスケジュール調整しなきゃないもんだから」 ゆりえは、当たり障りないメールを送信し、剛が誕生日を忘れてないかを確認した。 中々返信は来なく、代わりに電話が来た。 「ゆりえ、今年無理だわ、急な出張でさ」 「そっか、わかった。気を付けて」 ゆりえは、ショックだった。すると、すぐさま剛から電話がなり 「おい、切るなよ〜話の途中だからさ」 「あっ、ごめん。ここロビーだったから、うるさくてさ」 「誕生日プレゼント買ってあるから、今行くから、そのままロビーにいろよ」 ゆりえは、嬉しかった。 もうダメかと思っただけに、本当に嬉しかった。 「私の考え過ぎなんだよ。女に賞味期限なんてない」 ゆりえはホッとしてソファに腰掛けて剛を待った。そこへ、この前の結婚式で一緒になった後輩達がやってきた。 「先輩、昼休みですけど、ランチ一緒にいきませんか」 経理部の三浦淳だった。 「ありがとう、ちょっと人待ち」 「あっ、それって、もしかして、木ノ下先輩ですか」 ゆりえは、いつも気さくで明るい三浦淳には、良い印象を持っていた。 「まあ、そんな感じかな」 「羨ましなあ、木ノ下先輩。ぶっちゃけ、あきてませんか?」 周りにいたメンバーが三浦の腕を取り 「すみません先輩。こいつ、先輩に憧れ強くて」 「おばちゃんをからかわないで」 ゆりえは笑った。 「おばちゃんなんかじゃないっすよ!結婚式の日の洋服めちゃくちゃセクシーで、木ノ下先輩と、別れたら俺にチャンスくださいね!」 三浦は、仲間に頭をゲンコツされながら連れて行かれた。そこへ、剛が入れ替わるように入ってきた。 「あのさ、俺忙しいの知ってるよね、ダラダラダラダラ若い連中にニヤついてさ」 ゆりえは驚いた。 「はっ、別にニヤついてないから」 「まあ、いいや、これ、渡しとくわ」 剛はスーツのポケットから小さめの箱を出した。 「じゃ、また、そのうち連絡するから」 ゆりえは、指輪だと思った。 「剛、色々ごめん。ありがとう」 剛は何も言わずに去っていった。  帰宅したゆりえは、ドキドキしながらプレゼントの箱を開けた。 「えっ」 箱の中に入っていたのは、安くさいピアスだった。 これといったメッセージもなく、ゆりえは失望した。 「ばかみたい、私」 ゆりえは何かが崩れだしていくのがわかった。  翌日会社へ向かうと剛は出張になっていた。 どこか心に穴があいたようで、ゆりえはいつもは飲まないブラックコーヒーを自販機で買った。 「先輩珍しいですね〜いつもレモネードなのに」 後ろに三浦が立っていた。 「あっ、三浦君。おはよ、たまにはブラックもいいかななんて思って」 「木ノ下先輩が出張だから寂しいんじゃないですか、俺で良ければお相手しますよ」 「そんなんじゃないわよ、からかうもんじよないわよ」 「からかってませんよ、なんなら美味しいとこ連れてきますよ」 ゆりえは、誕生日に一人で過ごすのもなんだし三浦の誘いにのった。 「えっ、本当ですか!やった〜。俺ツイてるなあ〜。じゃあ明日の夜、俺の友達が店長してる居酒屋あるんですよ、日本酒が最高にうまくて」 「私、のめないのよ…」 「えっ、そうゆうところも先輩可愛いですね〜。じゃあ、考えときますから」 ゆりえは、剛と付き合ってから他の男性と食事したこともなく、了解はしたものの少しばかり良心の呵責があった。    「いらっしゃい〜、おっ、待ってたぞ純」 店の中は、会社帰りの人達で賑わっていた。 「おっす!この方よ、俺のマドンナ、ゆりえさん」 ゆりえは三浦の紹介の仕方が思いも寄らなくて、目を丸くした。 「立川です。純とは高校の時の同級生で、腐れ縁です。純の熱あげるのわかりましたよ~話通りお美しくて」 ゆりえは、剛と付き合ってから、最近では綺麗だとも言われた事がなく素直に嬉しかった。 カウンターに案内され微量のアルコールの入った日本酒で乾杯した。 「先輩、今日は本当にありがとうございます。こんなチャンスは絶対巡ってこないから、俺、最高にツイてます」 ゆりえは笑った。 「先輩、笑うとエクボでるんですね。いつもクールな感じだから。可愛いっす」 ゆりえは、年甲斐もなく照れた。三浦は色々な趣味があるようで、仕事ばかりの剛に比べたら話題が豊富で楽しかった。 冬になっならスノボーをする約束迄した。剛と付き合ってから、スノボーもしまったままだった。 二時間過ぎたあたり、トイレにたつと、剛から着信があった。 ゆりえは一気に酔が覚め三浦に帰る話を切り出した。 「先輩、送りますよ」 「いいわよ」 「同じ方角だし、途中でタクシー止めますから。今日は付き合ってもらったんだし、それくらいさせてください」 ゆりえは迷ったが三浦に従った。 「ありがとうございました~又きてくださいね!」 ゆりえは会釈した。 「純!変なことするなよ!」 「何言ってんだよ」 三浦は自然にゆりえの手をとり店を出た。  タクシーに乗ると、身体の大きい三浦が随分近く感じ、カーブを曲がる時に三浦に身体が寄り添ってしまってゆりえは意識してしまった。 「大丈夫っすよ、襲いませんから」 ゆりえは見透かされたようで、二人で顔を合わせて笑った。ゆりえのアパート近くになりタクシーが止まった。 「今日は楽しかったっす。又、剛さんが出張の時でいいから飯でも食いましょう」 ゆりえは、三浦の気持ちが嬉しかった。タクシーを見送り部屋へ向かうと、ゆりえは目をこすった。自分の部屋に灯りがついていたのだ。 「お母さんかなあ…」 ゆりえは、ずっとしまって履いていなかったハイヒールの音を鳴らしながらドアを開けた。そこには、剛の靴があった。  「遅かったな」 テーブルにバースデーケーキがあった。 「あれ、出張とか言ってたから…」 「出張早目に切り上がったから、小さいケーキだけど、買ってきたよ。ゆう飯食ってきたんだな」 「うん」 「じゅあ、ケーキだけで、誕生日御祝いするか」 テーブルには、バースデーケーキの他に、ゆりえノ大好物のワインとピザも置いてあった。 「さっ、始めるか、ゆりえ誕生日おめでと、もう三十歳か〜今夜のゆりえは、どこか違って見えるなあ、三十歳の貫禄かな」 ゆりえはドキッとした。さっき迄三浦と呑んでいた事だけはバレたくなかった。 「派手っていうかさあ、綺麗だよ」 「そっかなあ、お世辞でも嬉しいよ、剛、そういえば出張は何で早まったの」 「何だよ急に。ゆりえが仕事の事聞くなんて珍しいなあ」 剛はピザを頬張りながら、ゆりえを見つめた。 「別に、何も意味ないよ。ただ聞いただけ。最近剛忙しそうだったから」 「まあな、責任者になると対応に追われるからな、ところで今日は、ナミエ達と飯だったのか?」 「うん、まあそんなとこ」 ゆりえは席を立ちお風呂に湯をだした。 「剛、お風呂入ってくでしょう?、私もまだだから」 「おっ、積極的だね〜じゃあ、たまには一緒にはいりますか」 ゆりえは自分でも、信じられない言動だと思った。 「ゆりえも、入ってこいよ」 風呂場から剛の声がして、ゆりえは入っていった。 「あれ、濡れてるじゃない」 ゆりえは自分でも驚いた。 「ゆりえ、たまってたんだな〜」 剛の吐息が耳の中に滑り込み、ゆりえはのけぞった。倦怠期を感じだして退屈だった行為が、今夜は違った。 「三十歳の色気だなあ」 ゆりえは、のけぞり、大胆に足を開いた。 乱れながら、一瞬三浦を思った。 「ゆりえ…」 今迄聞いた事のない剛の声を噛み締めながら、ゆりえも果てていった。  翌日二人は一緒に出社した。 「先輩、昨日ありがとうございました~。階段上れましたか」 ゆりえは、三浦の声に気付き無視した。 「先輩、無視しないでくださいよ〜」 その声に剛が気付いた。剛はゆりえを見つめたが、 ゆりえはあくまでも無視し続けていた。 三浦は剛と目があい、直ぐ様その場を立ち去った。 「おい、ゆりえ」 「何」 「昨日、ナミエ達と一緒じゃなかったのか」 「一緒だよ、なんで」 「さっきの男、経理部だろ、ゆりえに話しかけてたんじゃないのか」 「えっ、誰」 ゆりえは、しらばっくれた。 剛は、それ以上何も言わなかった。  ゆりえは、ナミエに早速事情を話し、口裏を合わせるように頼んだ。すると 「ねぇねぇ、ゆりえ、ちょうどよかった。あのさ、言いづらいん話なんだけど」 「どうした」 「ほら、私、スナックのバイトしてるじゃん」 「あぁ、まさか、会社にバレたとか?」 「いやいや、そうじゃなくさ…一昨日の夜に店に剛さんがきたんだよ」 「何か、急な出張っていってたけど、接待だったんじゃないの」 「いや、、それがさ、、派手な女つれてて」 「えっ、接待に女もいたの」 「じゃなくて、女と二人きりで来たのよ」 「は?」 ゆりえは目を丸くした。それでも、 「女社長さんも多いからね~」 ナミエは、言葉に困っていた。 「どうした?何よ、ハッキリ言って。友達じゃん」 ナミエはその言葉を聞き、頷いた。 「あのね、冗談だとは思うんだけど、剛がその女に、ゆりえと別れてお前と付き合おっかなって言いながら笑ってて、挙げ句にキスしたんだよ」 ゆりえは言葉が出なかった。 「ごめんね、いいタイミングでゆりえが来たから、話したんだよ」 「あっ、ナミエ、ありがとうね。大丈夫だから」 ゆりえは、我に返った。  ナミエが去り、一人歩き始めた。  「私のした事なんて、可愛いもんじゃん」 ゆりえは、そうツブヤキながら、自然と足は剛のいる営業部へ向かっていた。 「どうしたんだよ、急に」 「話があるの」 「今から会議あるから、後にしてくれ」 「大事な話なんだけど」 「何いってんだよ、無理だって、後にしてくれ」 剛はゆりえに背を向けた。 「わかった。単刀直入に。今日で、別れるから」  思いもしなかった言葉が、口から放たれた。 剛に背を向け歩き出した。涙が溢れ出し、追ってくる気配すらない剛を振り返る事はしなかった。 「これでいい、こうなる運命だったんだ」 唇を噛み締めながら、自分に言い聞かせた。 すぐさま剛からメールが届いたが、ゆりえは確認する気もなく早退した。  家は空っぽだった。 部屋へはいると、剛と二人でいった海辺の写真があった。 「疲れた…」 口から出た言葉。 信じて、待って、耐えて、結局浮気されて、ゆりえは恋愛って何なのか考えた。 ゆりえは、剛からメールがきていた最後のメールを思い出し、開いた。読み終り、一瞬顔が歪み、そして、携帯を天井に投げつけ大声で笑った。 「なにが、恋人よ」 次から次と流れ出す涙で、鏡の中の自分の顔が霞む。 ゆりえは誕生日プレゼントをゴミ箱に捨てた。  携帯が鳴っている。 「うるさいわよ!言い訳なんか聞きたくもない」 怒りと憎しみと悔しさで、涙が止まらない。 しつこく鳴り続ける携帯をみると、剛ではなく三浦だった。ゆりえは深呼吸をし、電話に出た。 「はい」 「あっ、先輩、すみません。早退したって聞いたから心配で、大丈夫ですか」 「大丈夫よ」 「この前、俺、玄関で先輩に声かけてしまって、迷惑かけてしまって、本当にすみませんでした」 「気にしないで」 「じゃあ先輩、体、お大事にしてください」 「ありがとう」 ゆりえは、三浦の優しさに心が落ち着きだしていた。 「三浦くんさ、どうして、そんなに心配してくれるの」 「えっ、迷惑ですか」 「迷惑じゃないけど、私三十歳のおばちゃんなのよ」 「それが、どうかしたんですか」 「ただ、どうして気にかけてくれるねかなと思って」 「好きだからにきまってるじゃないですか」 ゆりえは、その言葉を待っていた。 「そっか、ありがとうね」 「はい!早く元気になってください」 ゆりえは電話を切った。そして、剛からのメールをもう一度見た。 「俺、好きな人できてたから、別れてもらって良かったよ」 と書かれてあった。 ゆりえは、あざ笑い剛のアドレスを消去した。
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