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「まさか、助けに行くとか言わない、よな?」
「……」
「ぃ、言うなよ?
無理だかんな、あん中入る何て、ゼッテェ無理だかんなッ?
大体、車じゃ入れねぇから!」
「でも、」
「勘違いするなよッ? 生存者は歓迎だ!
でもな、自分から出て来られねぇんじゃしょうがねぇだろッ?
こっちにゃ こっちの都合ってもんもあるんだよ!
ガソリンだって早めに入れておきたいんだよ、俺は!」
日差しを遮る建物内部は薄暗い。
どれだけの死者が潜んでいるか判断できないが、中に入った時点で飛んで火にいる夏の虫。完全に死者達の捕食展開。
《お願い、置いてかないで! 助けてください!》
統也からの返信が無い事に不安を隠せない生存者は、救助の書き込みを繰り返す。
「俺……」
「助けに行ったとして! 間に合うか分かんねぇだろ!?
着いた頃には、そいつはゾンビになってっかも知れねんだぞ!?」
「!」
「そんで自分も殺られちまったら、ホント無駄死にだぞ!
言っただろ! まずは自分が助かんないでどうすんだって!
次、助けられるもんも助けられなくなるんだって!
危険冒してまでする事なんてな、全然 勇敢じゃねぇぞ!!」
運転席から後部座席に身を乗り出す岩屋は、統也の肩を押さえて必死の説得。
反論の余地も無い強弁に統也の心は揺らぐ。
(母サンも、手遅れだった……
信じて、信じ続けたけど、間に合わなかった……
そうして俺は母サンを殺したんだ。もしかしたら、今回も……)
何者が助けを求めているのか分からないが、必ずしも救出してやれるとは限らない。岩屋の言う様に、間に合わないかも知れない。
その前に、自分が先に餌食になるかも知れない。
全てが上手くいく確率は極めて低いのだ。
ならば自己の命だけでも守り通す事に利がある。
だが、それに是と頷けないのが、今における統也の正義感。
(俺があんな書き込みをしたから、それで この人はここまで出向いたのかも知れない……危険を冒してまで、ここに来てくれたのかも知れない……)
「岩屋サン、」
「緊急避難ってヤツだ! 水原君、俺達は今ある自分の命を守るべきなんだ!」
岩屋は再び車を走らせようとする。
《お願い、助けて……死にたくない……》
統也はギュッと目を瞑る。
「やっぱり駄目だ!」
「水原君!?」
「ごめんなさい、岩屋サンっ……田島を、宜しくお願いします!!」
「ォ、オイ!」
統也は車を飛び降りると背を正し、90度に腰を折って深々と頭を下げる。
その姿は死地へ向かう若い兵士の様だ。
遠ざかる統也の背から目を背け、岩屋は震える手でハンドルを握る。
「じょ、冗談じゃねぇぞ……ぉ、俺は知らねぇからなぁッ、」
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