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八月最後の日曜日、僕は彼女と海にいた。朝の七時。太陽は心なし秋の梨いろを帯びてやわらかい。海水浴シーズンは終わり、人はまばらだ。潮風が彼女の髪をゆらした。僕と彼女は手をつないで砂浜を歩いた。
「結婚したら海のそばに家を建てようね」
「すてきね」
ふと前方に男がしゃがんでいるのが見えた。かたわらにはバケツ。落ちている木に熱心に見入っている。
「何をしているのかしら」
「流木を拾っているんだ」
最近、流木が売れている。自然はまことに面白いかたちの木を生み出す。人の手では作りえない複雑な形状をしたそれらがインテリアオブジェとして人気なのだ。
メルカリで出品されているが大きなものだと一万円前後で取引されている。歩いて拾うだけだ。アク抜きの重曹や少し磨くためのサンドペーパーは要るが、ほぼコストはかからない。ということで、流木を売って小金稼ぎをする者が出てきたのである。
「いいのが見つかったかしら」
彼女が通りすがりにバケツを覗いた。二~三本の木が入っていた。すると男が顔を上げ、ニタァッと笑った。彼女が驚いてあとずさりした。ひとの好さそうな中年男だ。僕は男に話しかけた。
「流木拾いですか」
「ええ、この浜は割といいのがとれるんですよ。ほら」
男がバケツから一本を取り出して見せた。よくよく目を凝らしてみると、それは男女のまぐわいの形をしていた。彼女が顔をそむけた。
「一本おいくらになるんですか?」
「この小さいのは千円くらいかな。でもこれはレアものなので五千円にはなりますよ」
と、男女のまぐわいの形の流木を突き出した。
「フフフ、あげませんよ」
要りません、と言いかけた僕の言葉を制し、男がしゃべりだした。
「私は若い時から小説を書いてまして、執筆に専念するために二年前に会社を辞めました。執筆の合間に気分転換に海へ来るのです」
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