17人が本棚に入れています
本棚に追加
「飲み物買って来る」
周囲に敷かれたビニールシートの間を上手く縫ってゆく恋人の背を、景織子は無言で見送る。
思わず漏れた小さな溜め息をない事にするべく、景織子は残りの焼きそばを急ぎ気味に全て平らげた。
「ぎゃっっ!」
それから暫く。
突如として右頬に走った真夏の夜に相応しくない刺激に、景織子は短い悲鳴を上げる。
「大袈裟過ぎだろ」
安定の大声に怯みながら、龍貴は買ってきたばかりのペットボトルを景織子に一本渡す。
「いきなりほっぺにつけられたら、誰だってびっくりするってば!」
直前まで氷水で冷やされていたお茶は、驚きのままぶつけようとしていた怒りを簡単に帳消しにする。
正直な喉がごくりと鳴るが、飲みかけのままブルーシートに載っているレモンティーにすぐ気付く。
やはりこちらを先に飲むべきかと逡巡していれば、隣りから伸びた手がペットボトルを素早く奪ってゆく。
口が悪くて、意地悪で、情け容赦ない。
けれど押し付けがましくなく、さり気なく、優しい。
すっかり温くなってしまった紅茶を飲み干した龍貴に、景織子は感謝を伝えた。
最初のコメントを投稿しよう!