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『あ゛ー』とも『う゛ー』とも判断のつかない声が、隣りから聞こえた。
景織子は重たい溜め息と共に、今夜何度目かの大きな子供を宥めにかかる。
「5日連続の熱帯夜だからね」
「キンキンに冷えた缶ビールを一気飲みしたい」
「すぐそこの屋台で売ってたよ。買って来ようか?」
「飲酒運転させる満々か」
「帰りの運転なら私が代わるし」
「いい。まだ死にたくない」
「ゴールド免許所持者ですっ」
少しでも気が晴れるならと、親切心を出した自分が馬鹿だった。
間髪容れず提案を却下されたどころか、運転技術を疑う発言を投げ付けられ、景織子はがなる。
だが外気温は日中から殆ど下がらず、未だ30度前半。
全身にねっとりと纏わり付く真夏の空気が、怒りを持続させる気力を即座に奪ってゆく。
お楽しみはこれからだった。
ここは自分が大人になろう。
無駄なエネルギーの消費は極力抑え、体力を温存する方向に景織子は方向転換する。
手にしていたかき氷の器から、スプーンで赤い氷を掬う。
容器の中の何割かは既に液体と化していたが、それでも刹那の清涼剤代わりにはなった。
口内に広がる冷たさが、気分を緩やかに落ち着かせてゆく。
続けて二口目を食す景織子を横目にしていた龍貴は、徐に開口する。
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