LA1 三人で幸せになるための恋人ルール

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LA1 三人で幸せになるための恋人ルール

 春の長雨が続く、寒い日だった。  3人の家があるこの都市は、元々雨が多い。夏になるとじめじめして鬱陶しいのだが、春先のそれはまるで冬のような寒さを連れてくる。  空はは黒く厚く暗い雲が覆って、また、ぽつぽつと雫が落ち始めている。降っては止み、また降るの繰り返しで、待ちゆく人々は辟易しているだろう。まだ、週末金曜日の6時回ったところだと言うのに、通りには人通りが少ない。  三人も例にもれず、今日は早めに仕事を終わらせて、のんびりと過ごしていた。穏やかな時間。けれど、 スイが早めの夕食の用意をしているのには、雨が降っているのとは別の理由もあった。 「まだ降りそうだな……」  大型テレビの音声だけを聞きながら、キッチンで夕食の用意をしていたスイが言う。  テレビではさっきからずっと、大雨の情報を画面の端で流している。この街がある都市では出ていないが、すでに南の方では避難指示が出ている都市もあるようだ。 「かもな。明日は絶対に外に出ねえぞ」  スイの言葉に答えてアキは早々に引き籠りを決める。そもそも自由業の3人は何も大雨が降ってパニックになっている街に出る必要はないのだ。 「同意します!」  子供みたいにはしゃぐのはユキ。心配しているというには楽しそうだ。さしずめ台風の前の子供といったところだろう。何かが起きそうな事態に無責任に高揚しているのだ。 「……なんで楽しそうなんだよ」  困ってる人がいるんだぞ。なんて、ちょっと兄らしく常識人っぽいことをアキが言う。 「だあってさあ。ここんとこ仕事詰まっててのんびりできなかったじゃん。たまにはなんもしないで家でスイさんを満喫したい」  窘めておいてなんなだが、ユキの意見にはアキも激しく同意だった。折角恋人同士と胸をはれるようになったはいいけれど、BIG Hの件でスイが派手にやらかしたもんだから、そのとばっちりで仕事が山のように舞い込んだのだ。  警察。検察。公安。公共から、一般企業、ヤクザ等々、あらゆる方面が人手不足で散々ぱらこき使われて、ようやくひと段落ついたのが今週に入ってから。だから、明日はもう、何もせんぞ。と、アキも心に決めていた。 「満喫するのが……俺って……どゆこと?」  スイが不審者を見る目で見ている。  それはもう、あんなことやこんなことまで、隅から隅まで全部だよ。  とは言えないので、ユキをちらと見ると、恐らく同じことを考えているんだろう。妙に締りのない顔をしていた。 「うん! 色々!」  色々。がエロエロに聞こえたのは言うまでもない。素直で正直なところはユキのいいところだが、少しは空気を読んでほしいときがある。  二つの部屋のリビングに扉がついて、3人が完全な同居? 同棲? を始めて、約1カ月。アキとユキの部屋側のリビングは完全に仕事用の事務所になって、スイの部屋側のリビングが3人のくつろぎスペースになっていた。  大型テレビを付けて、アキはソファで、ユキはラグの上でごろごろ転がりながら、スイはキッチンでそれぞれに会話を楽しんでいる。 「やっぱり、そのラグにしてよかったな」  ごろごろ転がっているユキに目を細めて、スイが言う。 「まじで! すげえ、気持ちいい。あったかいし」  スイの提案で大型テレビの前にはオレンジ色系のラグが敷いてある。ラグの下にはホットカーペットが敷いてあって、ユキはそこがお気に入りでいつもごろごろしていた。  事務所の方は、もともとのインテリアが殆ど変っていない。どちらかというと、無機質というか、無造作というか、必要なものしか置いていないのも相まって、あまり寛ぐというイメージではない。しかし、リビングの方はスイのコーディネートで暖色を多く使って、温かみがある感じになっていた。 「スイさんセンスいいからな」  素直に褒めると、少し照れたようにスイが笑った。 「二人だって、相談に乗ってくれたじゃん」  そんな風に謙遜するけれど、アキは知っていた。  二人が少しでも居心地がいいようにと、ラグの種類や肌触りにまで拘っていたこと。三人で並んで掛けられる大きなソファを特注で用意してくれていたこと。ダイニングの椅子をイメージに合うようにと、わざわざ一人一人違うものにしてくれていること。寒がりなアキがよく座る場所の近くにオイルヒーターを入れてくれていること。こっちの風呂に良く入るようになってからは、わざわざアキとユキの部屋と同じシャンプーに変えてくれたこと。  全部、二人のためにしてくれた。何も言わないで、まるで偶然そうだったとでも言うように自然に。  そんなスイの気遣いがアキは好きだった。 「ほんと。ここ居心地いい」  ユキが言う。  居心地がいいのは、部屋のせいだけじゃない。スイがいるからだ。  一緒に暮らすようになって分かったのだが、頭がいいからなのか、育ち方のせいなのか、スイはとても気がきく。それはもう、考え過ぎってくらいに。多分、自分たちが気付いていない所でもスイは二人のためにいろいろと考えてくれているのだと思う。  少しだけ心配になる。彼が疲れてしまうのではないかと。 「そう言ってもらえると嬉しい」  スイは、どちらかというと、かなり我慢強い方だと思う。だめになるぎりぎりまで耐えてしまうタイプだ。そして、それを人に見せようとしない。  だから、三人はルールを決めた。
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