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同棲開始、一日目
これは、私とエックハルトが、一緒に暮らし始めた、その一日目の話だ。
この年の一月の終わり、旅行中だった私と、この今のエックハルトである、エックハルト・フラウンホーファーである彼がこの街で出会って、一度帰国して、それから私が留学の準備を整えて、また渡航してきた、その一日目の話。だからこれは、七月の終わりのことだった。
「若葉、疲れてる?」
大きい方のトランクを引きながら、彼、エックハルトは聞く。今は夏だから、彼も私も軽装だ。ポロシャツ姿に剥き出しの腕、ジーンズに腕時計。
「ん、大丈夫。…………」
なんというか、私はやっぱり、少しおかしい。だって、あっちの世界では貴族社会の一員として、たとえ夏だってあの仰々しい服装に身を包んでいたエックハルトが、今ではこんな今時の男性みたいな格好をしているのだから。それにしてもあちらの世界は、やっぱり現在よりは気温が低かった気がする、だって夏でも服装の仰々しさ、有り体に言えば暑苦しさには大きな違いはなかった。こちらの世界の歴史ではちょうど近世ごろにヨーロッパは小氷期だったはずだが、それはあちらの世界でも同じなのかもしれない。
つい、他人からすると七面倒臭い、オタクじみた考えに思いを馳せてぼんやりする私。
「若葉?」
エックハルトは私の顔を覗き込む。
「ごめんごめん、なんでもないよ。ええと、ここだっけ」
私たちは扉の前に立っていた。小綺麗な、だけどこぢんまりしたアパートの扉で、いかにもヨーロッパの若者が少人数で暮らしていそうな雰囲気のアパートだ。と言っても、その時の私は当地の人々の生活の実態にそこまで詳しくはなかったのだけど。
そう、エックハルトのアパートだ。エックハルトが住んでいたアパートで、これから数日中に引き払って新しい住処に移ることになっている。
彼は空港で私を拾って、それから車でここまで運んできてくれた。一通りなんでもできる彼氏がいると生活が快適だ、それを私は実感している。
(……彼氏)
私は改めて、その言葉を頭の中で繰り返して、彼の顔をまじまじと見つめる。
そして、彼はそんな私の視線に気づいて、それからふっと笑うのだ。
「やっぱり、ここも素敵だよね。ちょっと古いけど」
一歩足を踏み入れて、私はそんなことを言う。居抜きで借りているので、引越しの準備などわずかなものだ。私が持ってきたトランクも、そのまま新居に持っていくのだ。
「ねえ、新しいおうちは、もっと素敵かな……」
振り向いてそんなことを聞く私に、影が覆い被さる。
唇。
腰に回される、左腕。
右手は私の腹を撫でて、それから上の方に上がってくる。
私はよろめき、引いてきた大きなトランクの上に乗り上げてしまう。
そこにエックハルトは、身体ごと寄せて、それから私の腰を自分の方に引き寄せる。
それからしばらく、無言のせめぎ合いが続くのだ。
せめぎ合いなんて言っても形だけで、結局私が敗北するのだが。それを分かっていて、彼は回りくどく、時に甘ったるい『手』を使う。
「…………もう。溜まってたの、ねえ」
私の強がりは口だけだ。今回も、震え声で搾り出したような、そんな喋り方になってしまう。
「溜まってたよ」
こともなげにそう言うエックハルト。
そしてこの、愛おしきサイコパス野郎に、またしても私は蹂躙されるのだ。
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