同棲開始、一日目

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 その後は多分、疲れ果てて、いつの間にか眠ってしまったのだと思う。  目が覚めた時、まだ太陽は明るかった。 「もう、バカ!」  私は裸のまま、彼にバスタオルを投げつける。今はバスルームに移動していて、汗と体液で汚れた身体を洗い流そうとしているところだ。考えたら、アパートに着いて初めにすべきだったのだ、こんなことは。 「……ごめん」  そう言いながら、エックハルトは含み笑いだ。彼の笑顔はチャーミングで、そして、彼の身体はやっぱりすらりとしていて、でも筋骨逞しくもあり、素敵だった。  一方の私は、やっぱりこうして美しくもない自分の身体を晒すことには少し抵抗がある。今更恥ずかしがっても仕方ないのだけれど、私は両腕で小さな胸を覆い隠す。  私の思いを知ってか知らずか、彼は私の輪郭を撫でて、それから口にする。 「あなたはニンフェットみたいだ。滑らかで、伸びやかで、柔らかくて、どこまでも汚れがない」  そう言って後ろに回った彼に、私は渋い顔をする。 「ニンフェットって、自分がロリコンだって言ってるみたいなもんじゃないの?」  あいにく色白とも言い難い私だけど、逆にその分、全身シミや雀斑とは無縁だ、少なくとも今のところは。そのことが彼には驚きであるみたいだった。 「あなたを好きなことがそうなんだったら、僕はそれでも構わないよ」 「あのさ。……私。もう、三十になるんだよ」  子供っぽい見た目と裏腹な、微妙なお年頃である私の年齢。今ならまだかろうじて子供っぽいだけで済むけど、これから若さを失っていったらどうなるのだろうと、私は空恐ろしくなる。どうやら彼が私の肉体に執着しているらしいことは、その恐ろしさを強めこそすれ、弱めることはない。 「僕は幾つだと思う?」 「二十六でしょ?」  私は答える。エックハルトに私が感じる引け目は、この四歳という微妙な年齢差のせいでもある。 「そう、今の人生では。前の人生は五十七年。だから今は八十三だ」  そう言ってエックハルトは、私の首に手を回し、肩に顔を埋める。それから言うのだ。 「あなたさえ幸せなら、僕はそれでいいんだ」  それから無言になるエックハルト。私はなんとも言えない感情に囚われる。  可哀想なエックハルト。五十七年の人生では、恋人こそ居ても、結局伴侶は持たなかったのだろう。ずっと孤独だった、前のエックハルト。子供っぽく見えても老成したところのある今のエックハルト。もしかしたら今の人生でも、そんな記憶があって、きっと心からの共感を人に持つことはできなくて。だから実は、本当にずっと孤独だったのかもしれない。  肉体の結合こそ愛なのか。だとしたら、前のエックハルトとは会えないままなのか。  でも、だけど。  私もここにいるし、彼もここにいる。  だから。 「ねえ、あのさ」  そう言って私は、彼に後ろから抱きしめられた状態から、無理やり向き直る。 「幸せになろうね、これからさ。だから」  私は腕を伸ばし、エックハルトの頭を掻き抱く。 「洗ってあげる。おいで」   (了)
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