グランヌール

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グランヌール

 割れた石畳に注意を払いながら、人気(ひとけ)のない市街地を急ぐ。本来なら闇に沈む時間だが、時折瞬く強い光に視界が白く照らされ――崩れ落ちた廃墟があちこちに浮かび上がる。かつて王国一と讃えられた、美麗なレンガ造りの街並みは、見る影もない。 「――っつ!」  思わず足を止めて、腕をかざす。進行方向ほぼ正面の上空から強烈な閃光が放射状に走り、世界から色を飛ばした。まともに見ていたら、しばらく視力を奪われていただろう。  ああ、空が燃えている……。  閃光の余韻が収まると、天穹で繰り広げられている異様な光景が蘇る。  ダークドラゴンが吐く瘴気を含む紫の炎と、大陸連合魔術師団(アルマ・ザーベラ)が放つ青白い浄化の炎が至る所で激突し、狂ったように渦を巻いている。  小さく首を振ると、俺は再び走り出す。この人類の存亡を賭けた大災厄(グランヌール)の前では、己の力など如何にちっぽけなものか。気を抜けば折れそうになる心を、今一度歯を食いしばって奮い立たせる。 「エーゼル様!」  瓦解した大聖堂の尖塔の脇から、甲冑姿の男が駆け寄ってくる。マスクの形状から近衛兵(ガーディアン)であることは明白だ。 「どうした! 君達の持ち場は、東の砦だろう?」 「先ほど第1の封印が破られました! 第2の封印も、どれだけ持ちこたえられるか……」  さっきの閃光か――! 「聖女(シルム)様によると、アイアンゴーレムの群れを指揮している高位の魔道士(ストレーガ)がいるとのことです!」 「……厄介だな」  ゴクリと喉が鳴る。  並んで東へ駆けながら、禍々しい魔族の気配が集結しているのを感じる。それは徐々に濃厚になり、拒絶するように総毛立った肌がヒリヒリ痛む。 「第3の封印を破られるわけにはいかん。俺が出る」  東の砦に施された、退魔封印は3つ。これが破られれば、城内に鋼鉄の(アイアン)ゴーレムが一気に雪崩れ込む。生き残った市民を南部に避難させたとはいえ、市街戦は避けたい。いや、避けなければ。 「エ、エーゼル様、あれを……!」  市街地を抜け、ようやく砦が目前に迫った時。隣の近衛兵が声を上げた。 「まさか……封印ごと焼き払うつもりか!」  黒煙を噴きながら、砦と外壁が緑の炎に包まれている。ごく一握りの最高位の魔族だけが放つ“殲滅の業火(ジャマ・ファナ)”だ。あんなものを操れるなんて――ストレーガどころではない。もっと上位の、恐らくは、魔王クラスの……。 「落ちるのも時間の問題だ。君は、避難所にいる騎士団に、この現状を伝えてくれ!」 「エーゼル様っ!」 「行けっ!!」  声を聞く限りまだ若いと思われる近衛兵は、なにか叫んでから踵を返した。俺に対するエールなのか、単に己の恐怖心を払うための鼓舞だったのか、知る由もないが――彼が発した声は、今まさに砦が崩れゆく轟音に飲み込まれた。  ――やるしかない。  魔王クラスを相手にして、とても勝ち目なんかない。それでも俺は……一度は“伝説の”と冠を賜ったパーティーで、剣士を勤め上げたのだ。逃げ出す選択肢はない。背中から剣を抜く。鈍い光を湛える相棒を構え、低く腰を落とした。  空からバリバリと張裂音が響く。青ざめた雷光が幾度か爆ぜると、なぎ払われた積木のように砦はガラガラと崩れ落ちた。緑色の陽炎の向こうに、巨大なゴーレム群の影が揺らめく。 「ニンゲン様の悪あがき、とくと見やがれっ……!」  持てる魔力を刃に込めて、恐怖と絶望をかなぐり捨てる。炎も瓦礫も踏み砕きながら直進してきたゴーレム共に、俺は立ち向かっていった。
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