蝉の死骸

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太陽の光は人を殺す。 じりじりと脳天を焼くのがわかった。 その熱に晒されながら、ユウリは下を向いていた。 蝉の死骸 アメジストの眼は、アスファルトの上に転がる蝉の死骸を見ている。 命が抜けたキチン質。それはもう生命ではない。 無防備に腹面を晒す死体。六本の脚は閉じられていた。 よく聞く最後の抗いも終わったのだろう。蝉はもう"物"になっていた。 何故かユウリは目が離せなくなっていた。 夏の終わり。 生命の終わり。 それなのに太陽は熱い。 蝉は長い間幼虫期を地中で暮らし、地上へ出て成虫へと羽化したら一週間で死ぬ。 五月蝿いと邪険にされるが、それは雌に会い命を繋ぐ為だ。 こいつはその生命の意味を全うしたのだろうか。 それとも、ただ哭き喚いただけで終わったのだろうか。 そう考えながら見下していた。 「ユウリ」 愛しい声に呼ばれ、顔を上げる。 赤い彼は額の汗を拭った。 「なあ、アキノ」 その先の言葉が出ない。 でも、アキノはユウリが何を言いたいかわかっていた。 「ユウリは蝉じゃないよ」 人間は、虫ではない。 俺は、蝉じゃない。 ユウリとアキノは、その短いやり取りで全て分かり合える仲だった。 もう一度命の無い蝉を見下す。 汗が頬を伝い、アスファルトに落ちた。 太陽は昇り、沈む。 生命も始まり、終わる。 この蝉の生き先の様に、 夏は、終わりを迎えようとしていた。 明日は月が変わる。 それでも、今年の太陽はまだ空を燃やしていた。
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