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突然死に見せかけて殺したのか。なぜ。なんのために。戦慄した未鈴を見下ろし、兄嫁はけげんそうに眉をひそめた。
「私にそんなことできるわけないでしょう?」
「でも」
「私は止めたのよ、引越しなんてダメって」
「なん、で……」
「だって、寂しがるもの」
感情が読み取れない、黒い孔みたいな目を未鈴に向けたまま、友里恵がゆっくり立ち上がる。
「この家はね、寂しがり屋なの」
そして彼女は、かわいい我が子の話をするかのように顔をほころばせた。
「人間が大好きなのよ。だから、去っていかれるのが耐えられないの」
その視線が、天井を、壁を、床を──この家をなでるようにゆっくり一巡し、窓辺に戻る。
「好きな人にはずっとそばにいてもらいたい、そう考えるのは普通でしょう?」
友里恵の声が、途中から聞き取りにくくなった。耳鳴りがしているのだと気づき、思わず両手で耳をふさぐ。
「未鈴さんのこと、気に入ったみたい」
「やめてっ!」
叫んだ瞬間、胸に鋭い痛みが走った。まるで心臓を大きな手で握りつぶされているみたいだ。たまらず胸を押さえ、膝をついて床にうずくまる。
耳をつんざくような甲高い笑い声が聞こえ、歯を食いしばって顔だけを上げた。けれど、友里恵の唇は弓形にしなり、閉じたままだ。
じゃあ、誰の……?
朦朧とし始めた意識の中、未鈴の耳元で誰かがささやいた。
「一緒に住みましょうね」
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